いしゃたま!

□帰還
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 雑渡さんは静かに月を見て、そうして視線を落とし私達を見渡す。

 辺りはまるで、何事も無かったかの様に静かだった。

「さて、忍術学園の良い子達。じきに月も沈むだろう。夜は終わりだ。我々が学園まで送り届けよう」

 彼方此方から数名のタソガレドキの忍者達が降り立つ。

「あの、雑渡さん。ドクタケの人達は……」

「君の無事を確認したら全員、ウシミツへの進軍へ加わったみたいだね」

 そうなのか、ちゃんとお礼を言えたらと思ったのだけれど。

 タソガレドキ忍者隊の人達と一緒に私達は山を降りることになった。

「わっ!善法寺君!!?」

 ひょいと横抱きに抱えあげられた。

「じ、自分で歩けますってば!!」

「ちどりさん。今ばかりはこいつに花を持たせてやって下さい。」

 立花くんが隣に寄ってきてそう苦笑する。

 見上げる善法寺君の表情は、あのドクタケとの一件の時の様に堅く複雑そうに見えた。

「よーし!お前達!!学園まで一気に走るぞ!!!!」

 七松君が腕を振り上げ叫ぶ。

 応。と、声が上がり景色は流れ出した。

「ちどりお姉さん!数馬とご両親が帰りを待っていますよ!!」

 藤内くんが隣を駆けながら笑顔で言った。


 その言葉を聞いた私は、答える事ができなかった。


 私は無意識にぎゅっと善法寺君の服を掴む。心臓が打つ音が苦しくなる。

 ぎゅっと目を瞑れば、床に倒れ伏す数馬と、涙を流す母様の姿が瞼の裏に浮かび上がってきた。







 私が巻き込んだ。

 私が、私があの家の娘になったから。

 私がいなければ、こんなことにはならなかった?






 私は小さく息を吐いた。

 私はこの家の本当の娘ではないから何時かは出ていかなくちゃいけない。
 本当はずっと、父様に事実を教えられてから、心の何処かでそう思っていた。

 でも、父様や母様はずっと私を慈しんでくれた。数馬は私を慕い続けてくれた。
 許されるなら、何時までもこのままで、そう願っていた。
 でも、私がいたことがあの優しい人達を傷付けることになったのなら、

 私は、もう、










「学園だっ!!」

 一年生の子達の安心した様な嬉しそうな声。

 学園の大きな門が見えた。
 私はまた無意識に腕に力が籠る。
 視線を感じて頭を上げれば、善法寺君が見下ろしている。
 その表情は堅いけれど眼差しは柔らかかった。


 門がゆっくりと開く。


「お帰りなさい皆。まず入門表にサインしてねえ」

「小松田さん……」

 相変わらずの小松田さんに、皆は苦笑いを浮かべていた。

「ちどりさん!先輩方!!」

「良くご無事で!」

 くのたまの子達と学園に残っていた一年生達が目を潤ませながら駆け寄ってきた。

 先生方も出て来られた。皆さん優しい笑みを浮かべている。

「雑渡殿。お世話をお掛けしました」

「いえ、此方こそ」

 山田先生と雑渡さんが頭を下げ合う。


「皆の者。ようやった!!」

 学園長先生がにっこりと笑いながら奥から現れた、そしてその横には、


「……父様、母様」

 喉が張り付いて上手く声が出ない。
 体が小さく震えだす。
 母様の目から涙が溢れだした。私は視線を逸らす。


「ちどりさん」

 頭上から降ってくる優しい声。

「善法寺、君……」

 彼は暖かな笑顔で私を見た。

「大丈夫ですよ」

 そっと地に下ろされる。

 両親はじっと私を見ている。
 私は駆け寄りたい気持ちなのに、足が棒になった様に動かなかった。
 私は、私は、その腕に飛び込むことは許されているのだろうか。







「ちどり姉さん……」

 聞こえてきたその声に私の肩が大きく跳ねる。
 耳の奥がごうごうと煩い。足が面白い様に震えだした。

 歪みだした視界に、新野先生に支えられながらやってくる数馬の姿が見えた。

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