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□ぐるりと回って、それから跳ねて。
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今日は久しぶりにおやつを食べた。
長屋の自室で書き物をしていたら、これまた久しぶりに俺を訪ねてきた三木ヱ門が不機嫌な顔で二つともお前にやると持って来た粟餅は、聞くところに寄れば、い組の滝夜叉丸の許嫁の手ずからのものだそうで、学友にと持たされたそれをあのお馴染みの長ったらしい自慢話と一緒に方々へ振り撒いていたそうだ。
「美味いぞこれ」
「だからだよ」
これは別段、美味い菓子だから俺にやったとか、そういう意味では無く、学園に入学してからの三木ヱ門の、何時ものあれだ。
滝夜叉丸に負けたくない、負けたくないと馬鹿の一つ覚えと言っちゃ悪いが、何というかぎゃあぎゃあ騒がしく滝夜叉丸について回る様子は鳥の雛が親を追うみたいだと思う。思えば、仏頂面の三木ヱ門の膨れた頬の産毛が日に透けて光るのが見えて、それは全く雛鳥の様だ。
「然し、許嫁か」
「不憫な女性もいるものだよな」
「こらこら、滝夜叉丸はともかくその周りまでとやかく言うのは感心せんな」
まあ気持ちは分からいでもないが。と、付け足せば、僕は別に僻んでる訳じゃない。と、返ってくる。
「僻んどらんのか」
「お前と違ってな」
「別に俺だって僻んでる……事は少しはあるかもしれんが」
三木ヱ門は、漸く笑う。といってもそれは、はっ。と切り捨てる様な、意地の悪い一笑。
そりゃあこいつは、小さい頃から気が強い事この上無かったが、最近は特にツンツンと尖っている。いや、正確に言えば、それこそ件の滝夜叉丸が関わると針山地獄かごときツンツンぶりを発揮するようになった。
ぷちぷちとした歯触りの楽しい、粟餅の一つを飲み下して、残るもう一つ。
「ほんとにいらんのか」
「やるってば」
俺一人が食っている横で、何処か他所へ行くわけでも無く、じっと座っていられるのも、落ち着かないものだ。
懐を探ってみる。炒り豆の袋があった。
「あ、代わりに食うかこれ」
三木ヱ門は顔をぐにゃりと歪める。おなごの様な顔立ちをしていて、なかなかどうしてしかめっ面は大胆なのが、本人の、存外にざっくりとした性格を良く表している。
「何時のだそれ」
「……さあ」
豆を移す習いを使った時のものだと思うから、少なくとも十日は前のものだろう。
そう答えたら三木ヱ門は益々顔をしかめて、いらんいらんと手を振る。
眇めた目の、その下が、心無しかうっすらと薄黒いのに気づいた。
「会計委員会も大変なんだろうが、自称アイドル様に隈つうのも趣が深すぎるな」
「自称は余計だ。まだ今週はそこまで徹夜に入ってない……」
自分の目元を指で触れた三木ヱ門は、「ああ、」と小さく呟く。
「そういや、昨日は守一郎と火器について一晩語り明かしたからな。それもあるかも」
「あ、そ」
「その興味無さげな感じを止めろなまえ」
「いや、事実興味は無い。守一郎君は全く熱心だと感心するのと、三木ヱ門に一晩語り明かせる程の友ができて喜ばしいとも思わなくもない程度の興味しか沸かないからな」
「お前、やっぱり皮肉っぽいよな」
そう不満を垂れながらも、顔は楽しげににやついている。
それを見て、俺は思わずといった感じに、ふうと息を吐く。
くるくると心中を巡る顔触れがある。我が昔馴染みの周りは、相も変わらず、随分と賑やかだ。
「……なあ、三木ヱ門。俺はいっそ、おなごに産まれておけばと、最近思うよ」
「なんだよ藪から棒に」
「好敵手は滝夜叉丸、頼れる仲間は会計委員会、気の置けない友は守一郎。だったら俺の立ち位置とはなんであろうとな。時々思うわけだ」
「はあ?」
「勘違いの無いように言っておくが、別段、俺はそこまでお前に対して強い思い入れがある訳ではない。某五年の某先輩の様な盲信や傾倒がある訳では断じて無い……ただ、たまに思うんだな」
三木ヱ門にいらぬと言われた炒り豆を、二粒三粒、口に放り込む。ずっと懐に入れていたせいか、此処のところの天候のせいか、ふにゃりと湿気っていて、ことごとく歯に挟まっていった。
「……もしおなごであれば、もしお前よりも年下であれば、逆に年上であれば、もしくは、何か今とは違うものが一つあれば、俺はお前にとっては、もっと違う立ち位置にいたろうか。とな」
三木ヱ門を見ると、ぽかんと口を開けていて、それから、見る間にあの、大胆不敵な顔の歪め方を見せてくれた。
「……なまえ」
「ん、なに」
「色々と言いたいことはあるが、まず、歯に挟まった豆を取りながらものを言うんじゃない。んな行儀の悪いおなごなど願い下げだ」
「いや、俺は別におなごになりたい訳じゃないぞ」
「はあ!?今、自分で言った事も忘れたのか!?」
「もしそうだったらと考える事と、そうなりたいと願う事は似ているようで違うのだぞ三木ヱ門君。俺だって、俺みたいなおなごは見たくない」
三木ヱ門は、暫く固まり、それから深い深い溜め息を吐く。
「もう良い。お前と話すと無駄に疲れる……」
「そりゃあ、悪かったな。でも懲りずに時々相手してくれんだもんな」
三木ヱ門はまた深い溜め息を吐いて立ち上がり、踵を返して、部屋から出て行く。
出て行き様に、立ち止まり、俺を睨む様に見た。
「お前は、なまえは僕の友垣だ。それで良いだろ」
俺も、三木ヱ門を見返す。
「ああ、俺もそう思ってる」
「本当に……いや、もう良い」
三木ヱ門は、今度こそ部屋を出て行った。
久し振りに三木ヱ門が訪ねてきて、久し振りにおやつを食べた。
今日は良い日だ。
遠ざかる足音と気配を感じながら、俺はそんな事をぼんやり考えている。
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