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□麦茶(砂糖入り)・オムライス
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ここ数日、我が家の兄は元気が無いのである。
なんとなーく、いや、確実に原因は分かっているのだが、まあ、あれだ。スマホの待ち受けが初期設定の良く分からないモヤモヤとしたデザインに戻されている事とか、ここ数日、深刻な顔でラインしてたり電話してたりしていた事とか、私が内心「リア充ざまぁ」とかほんのちょっぴり思っている事だけは言っておく。此れぐらいで大体察してほしい。
まあ、とにもかくにも、初失恋に……おっと、はっきりと言ってしまった……まあ、良いか。
えっと、取り合えず、我が家の兄は、ズンドコじゃない、キヨシでもない、そう、ドンゾコなのであった。
今、我が家のリビングには私と兄の二人でテーブルに向かい合って座っていて、私はドンゾコの兄の、机に突っ伏されたつむじを見ているのだ。
因みに両親はまさかの町内会の旅行である。初失恋に傷心の可愛い息子を可愛い娘に押し付けるなと文句を言いたいが、まあ仕方がない。
頼みの綱のひい爺ちゃんも近所のトヨさんとお散歩に出掛けている。……デートじゃないか。曾孫の失恋時に。多分、ひい爺ちゃんのお洒落着やとっておきの杖なんかもこの兄の傷口に塩を塗った事だろう。
だから、今はこの重苦しい空気の中、私は兄のつむじを見ながら、然しなあ、分からんなあ、なんて思うのである。
そして、何が分からないかと言えば、何故、兄はフラれたのだろうかという事だった。
私は、自分ではブラコンでは無いと思っていたい。だからこれもごく純粋、かつ客観的な疑問だと思っていたい。
だが、言わせて頂きたい。兄の顔立ちは悪くない。転校先で出来たらしい恐ろしく顔の整った友人達に比べれば地味に見えるだろうが、そんなのは相対的な話だ。兄の顔立ちは、綺麗とか可愛いとかではなく凛々しいのである。そして其処には人好きする様な性格の良さそうな雰囲気もある。
事実、性格だって良い。真面目だし誠実だし……まあ、少々熱くなりやすい所もあるけど、後、笑いの沸点が以上に低い上にポイントがかなりズレてはいるけれど……、
「……いや、まさか、そこが原因?」
私の独り言にも兄は一切反応しなかった。
せっかく兄の好きな砂糖入りの麦茶を出してやったのに、飲みもしない。
「守一郎、お腹空かない?」
私は兄を「お兄ちゃん」だの「兄さん」だのと呼んだ事は無い。別に嘗めてるとかそんなんでなくて二歳違いの兄妹なんて何処もこんなもんだろうと思う。
「……腹減ってない」
「私は減ったけど」
時刻はちょうど昼の12時だ。どうせひい爺ちゃんは何時ものあの煙草臭い喫茶店でくたくたのナポリタンを食べてんだろう。くたくたなんだけど妙に美味しいんだよなあ。なんて思っていたらぐるるとお腹が鳴った。
あ、兄が、少し笑った。
「俺良いから、なまえは食えよ」
「んー……」
そうは言っても、兄がこないだからめっきり食が細くなってるのが気になってだなあ……とか思いながら取り合えず冷蔵庫を覗いてみる。
カップ麺はあんまり気分でない。
ナポリタンとか考えたからケチャップな気分だ。
「守一郎、なんか食べようよ」
失恋なんかで、と言い掛けて、デリカシーが無いなと思って止めておく。
兄からは返事が無い。
冷蔵庫……ケチャップある、ハム、半端なスライスチーズ、冷やご飯、ミックスベジタブル……。
「ケチャップライス……いや、」
兄を横目で見る。漸く麦茶を一口飲んだ兄も、私を見返した。
「オムライスとかどうですか、お兄ちゃん」
「……どうかと言われても俺は困ります、妹さん」
そう言って、また、少し笑う兄である。
私は例え人とズレていても良く笑う兄の事は悪くないと思う。
……やっぱりブラコンなのかもしれない。癪だ。
「父さん母さんが置いてった生活費に余裕あるからさ、めっちゃ良い卵買わない?」
兄は答えないが、にやっとして麦茶をまた飲んでいる。
もう一押し、な気がする。
あ、そうだ。
そうだよ、思い付いた。
私はズボンのポケットから急いでスマホを出してズババハと音が鳴るほどの勢いで検索を掛けた。
「これっ!これ見て守一郎っ!!」
「…………ん?」
ちょっと眉をしかめた彼の前にスマホを翳す。
それは、オムライスにプチトマトと焼そばを添えた発想の勝利な代物である。
「オウム!オムライスがオウムで!オウムライス!!」
「………………ぶっ!」
発想の勝利は、妹の勝利でもある。
途端に爆笑を始めた兄の腕を空かさず掴み、そのまま二人でスーパーへと繰り出さんと腕を組み、意気揚々と歩き出す。
意気揚々とした脳裏で、顔も碌に知らない兄をフッた女に、「ざまあみやがれ」だなんて罵っている私は、やっぱりブラコンか。
「オウムラーイス!!」
「だあっははははは、ぶははは!!」
まあ、良いや。
とにかく、私も兄もお腹が減ってるんだから、ブラコンでも何でも構わないだろう。
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