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□カプチーノ・シナモンロール
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「すっまん!遅くなった!!ほんとうに遅くなった!!」

「遅くなったのなんて分かってる!何度目だいったい!!」

「いや申し訳ない。多分……五度めくらいかなと思う」

「そういう事じゃない」

「え、六度めか」

「もう良い」

 待ち合わせのカフェにて、手を顔の前に合わせた留三郎はぽかんとした表情で首を傾げる。
 いやいや、止めなさいよその顔。じわるから、ソッコーで許したくなっちゃうから。
 なんというか、彼と付き合うというのは、シェパードだと思って飼い始めたのに実は柴犬でした、みたいな気分だ。

「で、今日は何があって、40分も遅刻したの?」

「家は余裕を持って出たんだ。だが、駅に着く前になまえに借りた本を忘れたのを思い出して、取りに戻る途中で風船を木に引っ掛けて泣いている子どもがいて助けてやって、それから」

「ひったくり犯でも掴まえた?」

「そう!そうなんだよ!なんで分かったんだ!?凄いななまえ!!」

 さて、端から聞いている客や店員、特に今目の合った店員さんなんかは、彼が適当な嘘を吐いていると思うかもしれない。

 駄菓子菓子、じゃない、たがしかし、彼の弁は嘘ではないのだ。

 食満留三郎という男、生まれついた面倒見の良さが祟っているのか、漫画のような巻き込まれ体質なのである。
 そう、多分、彼は漫画なら主人公タイプだ。本人の意思とは関係なく世界の行く末に関わる巨悪との戦いに巻き込まれたり、巨大なロボットに乗せられたりするんだろう。
 一方、漫画ならば確実にモブキャラか、良くて人気投票30位くらいにいるサブキャラみたいな私。
 最初は彼の見事な巻き込まれっぷりを分かっていなかったが何度か現場に居合わせる内、今日の彼の遅刻理由が出任せの嘘ではない事ぐらいは分かるようになってしまった。
 まだ40分なら良い方だなんて思ってしまうくらいには。

「……な、何か食べるか、食べるだろ?」

 留三郎は机に置かれたすっかり冷めたカプチーノを見る。
 カプチーノと私の顔を見比べて「あのぐるぐるの奴、まだあったぞ」なんてちょっと狼狽えた口調で言うもんだから、私もとうとう笑ってしまう。
 そんな硬派そうな見た目で「ぐるぐる」とか。

「うん、シナモンロール食べたい」

「ああ、うん。シナモンロールな」

 いや、普通にシナモンロール言っても面白い。変なツボに入ってしまったみたいだ。
 噴き出した私を留三郎は不思議そうに見ている。

「一緒に買いに行こうか」

「ああ」

 不思議そうではあったが、私が怒ってないと見るやあからさまにほっとした顔になる。本当に柴犬だわ、と、私は財布を持って立ち上がる。
 案の定「俺が買うから良い」なんて言って財布を奪われそれは彼のスキニーの後ろポケットに無理矢理納められる。代わりに彼が出したのはくたくたの革財布だ。ドヤ顔なのにそこまでイラッとしないのも不思議だ。慣れかもしれない、若しくは中身が柴犬だと思っているからかも。

「偉いねぇ、留三郎」

「わっ、わ、なんだよ?」

 そう思えば不意に撫でてやりたくなって、私は手を伸ばしてそうした。
 私は彼に比べて背が低いので、ごく下の髪をぐしゃぐしゃにしただけだったけれど。

「今日も色んな人を助けた留三郎はヒーローだね」

 そう言えば、訳の分からないなりに嬉しそうに歯を見せる。
 この笑顔に弱いのだ。不意打ちに食らうとぎゅんと胸の奥に迫るものを感じる。
 その気分をまぎらわしながら、べしりと広い背中を叩いて、レジに並べば前に立つ男の子に「あ、」となる。
 大学生くらい、私達よりは年下かなって感じのその子。矢鱈と良い姿勢に、清潔そうな見た目、顔立ちは睫毛長く整った綺麗系の見た目の此処の常連。頼むのは何時も、

「ソイラテ、ホット、トールサイズで」

 なのだった。
 そうそうこの間、店員のお姉さん達が「ソイラテ王子」とヒソヒソ言っているのを聞いた。言い得て妙だわソイラテ王子。

「おい、」

 袖をちょんと引かれて留三郎を見上げてみれば、「温かいの頼み直さなくて良いのか」と聞いてきて、私はそれに首を横に振る。

「勿体無いから良いよ」

 ソイラテ王子は私達の横をすり抜けていって、レジの順番が回ってきた。
 留三郎は小さく頷いて、店員のお姉さんにホットのカプチーノとシナモンロールを頼むのだった。

 そうしてこれまた案の定、席に戻るや否や、私の冷めたカプチーノと今頼んだ湯気の立つそれをひょいっと交換する。

「悪いよ」

「気にするな。俺は猫舌だから」

「初耳なんだけど」

「今初めて言ったからな」

 そう言って冷めたカプチーノをぐびぐび飲み始める留三郎。
 私はシナモンロールを半分に割る。

「映画、間に合わなかったな」

「もう慣れました」

 そう答えれば怒っているとでも思ったのか、きりりとした眉毛を途端にしゅんとさせる彼に私は笑う。

「ヒーローは遅れて登場するもんだから良いの、別に」

 映画だって何だって良い。どうせならアニメ映画でも面白いんじゃないか……猫型ロボットとか、ホラーは勘弁だけど。

「でもよ……ヒーロー、なら、ヒロインの元へ真っ先に駆けつけれないと、とは、思う、ぜ」

 言ってて恥ずかしくないのか、とか思うけど、歯切れの悪さと妙に難しげな顔は恥ずかしいからなのだと思う。それが余計恥ずかしいので、私は生返事で見なかったフリをしてしまうのである。

 俯き加減に、半分こにしたシナモンロールを一口かじる。
 舌を火傷しそうなマグカップにふうと息を吹けば、白い泡がふよんと揺れる。


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