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□とある雨の日に
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その日、廊下の縁に座って外を眺めていた彼は、ぼんやりを捏ねあげて人の形にしたみたいな見事なぼんやりぶりだった。
何せ、私が後ろに立っていても気付きやしない。どうしようか。枝毛でも抜いてやろうかな。
「なに、なまえ。」
「あれ、気づいてた。」
此方を振り返った竹谷はへらりと笑う。随分と力無い笑いだ。
「なんか嫌な事でもあった?」
立ち去る機会を逃してしまったので、私も隣に座り込む。
「いや、ないけどさ。」
「元気無いじゃんか。」
「んー……なんつーか。」
竹谷は人の良い顔を困った様にしかめながら頭を掻く。
「俺、こういう日、駄目でさ。」
「こういう日。」
「いや、うん。こういう天気か。」
「天気、ね。」
私は縁側から外の方に目を向ける。天地を縫い付けるみたいに真っ直ぐに雨が降り注いでいる。篠突く程でもないが、絶え間なくそれなりに強い雨だ。
「竹谷って雨の日とかも外転げ回ってそうなのに。」
「そうかあ?」
「そうだよ。」
何時も元気な犬みたいな奴、というのが、私の竹谷に対する評価だ。
竹谷はぱちぱちと目を瞬かせて、うーんと唸りながら外を見る。
風も吹いているのか、雨音がざっと屋根を走っていった。
「なんか、雨って頭がぼんやりすんだよな。」
「あー、分かる気はする。」
「後、寂しい。」
「……寂しい?」
呆けた私を他所に、竹谷はちょんと唇を尖らせて、鳩尾の辺りをゆっくりと擦った。
「なんかこの辺りが、しん、ってする。」
「しん、かあ。」
「笑うなよ。」
「笑わないよ。」
ちょっと意外だったけど、と、そう返せば、竹谷は口の端しからちろりと歯を見せて、笑みに近い表情になる。
私は自分の鳩尾辺りに手を当ててみた。
しん、とする感じは分からない。心の臓が矢鱈とのんびり脈打ってるのは分かる。
「私は雨の日は眠たくなっちゃう。」
それで何度シナ先生に怒られた事か。私は今も、直ぐ隣の竹谷の体温を感じながらじわりと込み上げる欠伸を堪えている。
「竹谷、今日は一日降るよ。大丈夫?」
「しんどい訳じゃないから、大丈夫だ。悪いな、心配かけて。」
そう言って、また力無い笑いを浮かべる竹谷の為にと、私は懐を探る。
「口開けて。」
「ん、ぶ?」
怪訝な顔をした竹谷の顎をひっつかみ無理矢理開けさせた。
「飴をあげましょう。雨だけに。」
安藤先生ですら言わないような駄洒落を呟きながら、竹谷の口に飴を放り込んだ。みるみる赤くなる竹谷の顔が面白い。
「毒入りじゃないからね。」
「お前にゃあ、」
頬を掴まれて口に飴を入れられて、呂律の回らない竹谷。
手を離せば赤いままの顔をごしごしと擦っている。
「なまえは突拍子無いよなあ。」
「良く言われる。」
でも、全部本心で動いているから、と、付け加えれば、竹谷は分かってる様な分かってない様な曖昧な返事をした。
「まだ、しん、ってする?」
「……少し。」
「そう。」
しん、としている竹谷と、じわりと、眠たい私と。
私は、雨は嫌いじゃないなと、そう本心から思った。
とある雨の日に
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