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□つきづきし、春よ
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「なあ、君。何をやっているんだ」
そういう君は何処の誰ですか。
と、私は思った。
いや、全く見ず知らずの人という訳でもない。
忍たま三年ろ組の富松作兵衛君に何時も縄で繋がれている山崎だか、杉田だか、そんな名前をした生徒のどちらかだ。然し、どっちが山崎で、杉田で、今、私、くの一教室三年生みょうじなまえちゃんの目の前にいるのはそのどちらなのかはいまいち分からなかった。
では、一方でそれを縄で繋いでいる側の富松作兵衛君の方をがっつり覚えているのは何故かと言えば、まあ、御察し下さいとしか言いようがない。
敢えて言うとすれば、今は昔、一年生の終わり頃、脚が悪くなった私の文机を直してくれた彼の手際の良さと誠実な男気を私は大いに大いに勝っているのである。そして端的に言えば、それは傾倒という奴だ。まあ、それ以降、話した事等は無いのですが。
「なあなあ、それはなんだ?面白いのか?そして此処は何処だ?」
そして、山崎だか杉田だかは、私が答える前にポンポコ質問を重ねていく。
何処だ。って、
「食堂、の厨房ですが」
「え」
山崎だか杉田だかは、ポカンと口を開けて、いや、元々開いていた様な気がする。とにかく、怪訝そうな表情で暫く固まって、それから、ふはあっと息を吐いた。
「図書室に行く筈だったのだが」
いや、知らんがな。と言いたいのを私は寸での所で堪える。
思い出してきたぞ。この山崎だか杉田……くどいな。迷子一号は、あの『鑑賞向け変人』とくの一教室生徒一同に認識される三年い組の伊賀崎孫兵のお気に入りか何かで…………伊賀崎はこの迷子一号に近付く女子を目の敵にしてる割りには、迷子一号に冷たい態度を取る女子に文句を言うクソ面倒臭い事になっているだとかなんとか…………情報通の友よ、有り難う。そして、できれば思い出したくはなかった。
腰掛けている厨房の小椅子から僅かに腰が浮く気分になる。
「で、それは何をやっているんだ」
「見て分かりませんか」
……ぐあーっ!!しまった!!忍たま相手と思ったらつい何時もの癖で辛辣ぶっきらぼうな言葉遣いを!
伊賀崎は、近くにはいない筈だ、いやいないと信じたい。いきなり背後に立ってるとかそんな恐ろしいことは無いよな、と、私はちらっと背後に目を配るが、誰もいない厨房と食堂が見えただけで、私は独り胸中で安堵の息を吐いた。
「見ても分からないから聞いてるんだがなあ」
迷子一号は、私の荒れ狂う動揺など気付く訳もなく、ずいっと踏み込んできたかと思えば私の手元をまじまじと覗き込んできた。
ちょっ、近い!?てゆーか、君。髪の毛サラッサラだな!クソ!嫌味か!?
更に動揺してしまった私の手の中で、ぶつりと土筆が千切れた。
「あ、あー……」
こ、此処まで順調にやれていたのに、サラスト迷子野郎許すまじ。
「んー……それ、どっかで見たことある気がするんだが」
サラスト迷子は、目を眇つつ首を傾げている。私は思わず「え」と絶句した。
「つ、土筆も、知らないの?」
絶句のあまり、口調も崩れる。
「土筆……って、まさかあの佃煮の奴か?こんななのか?」
「こんななの……って、え、本当に知らないの?」
「僕は、町で育ったからなあ」
そう迷子一号はへにゃっと笑う。
「あー、なるほど、ね」
シティーボーイか。サラストシティーボーイ迷子野郎なのか。またしても土筆をへし折りそうになってしまった。
サラストシティーボーイ迷子野郎は私の引き釣る笑顔に気付いているのかいないのか、繁々と私の膝に置かれた笊の中を見ている。
「へぇええ、これが土筆なのかぁ、凄いなあ!」
何が凄いんだか皆目分からないが、まあ、楽しそうで何よりだ。
然し、キラキラとした視線に晒されて土筆の袴取りなんてできる筈もなく、私は手に土筆を中途半端に握ったまま静止している。
早く何処かに行ってくれないかなあ、この人……。
「なあ、触ってみても良いか?」
「あ、はい。まあ、どうぞどうぞ」
駄目だ……伊賀崎突撃の噂が怖すぎて、辛辣になりきれない。
とにかく引き釣っている私の「早くどっか行けや」の雰囲気も迷子一号には通用しないようで、彼は嬉々として、笊の中から数本土筆を掴み取るのだった。
「ん、ん?これだけなんか違うぞ」
「ああ。それはまだ袴を取って無いから」
本当に何も知らないんだなあ、と、私の引き釣り笑いにちょっと苦笑が混ざる。
「袴?」
「食べる時に邪魔になるので、こうやって取っていくの」
ぴりりっと取ってみせれば、迷子一号はまたも顔を輝かせること輝かせること……彼は確か、私と同い年だったと思うのだけれども。
「僕もやってみたいな」
「え」
ぼそりと呟かれた内容にぎょっとすれば、嫌な予感通りに、彼はどっかりと私の隣の地べたに腰を下ろす。
「僕も手伝おう!」
わ、わぁ……良い笑顔。
「いや、お構い無く」
ていうか、本当に早く何処かへ去りたまえよ!図書室でも何処でも良いからさあ!
「僕がやりたくてやるから遠慮しなくて良いぞ。いっぱいあって大変だろ」
然し、迷子一号は再び良い笑顔でそう返して、後は私の返事を待たずして、笊の中から土筆を取っていくのだった。
いや、君がやりたかろうと私は全力で遠慮したいんですが、拒否権は無い感じですか、そうですか。
どうしてこんなことに、と、大袈裟だが泣きたいくらいの気分であったけれど、迷子一号の真剣な表情と、やっぱり伊賀崎に対する恐怖の為に、私は何も言い返せず、再び袴をむしり始めるしかなかった。
こうなったら、早々に袴を取り終わってしまうのが得策だろう。
時折伸び上がってきて笊を漁る手を気にしながらも、私は黙々と手を動かすのだった。
然し、この迷子一号は黙々とやらせてくれないようである。
「なあなあ、こういうのって何処に生えるんだ?」
「え……何処って、まあ、陽当たりが良くて湿気のある土になら、畑とか、」
「畑に生えるものなのか」
あ、なんか誤解を生んだ気がする。
「じゃあ、これは君が育てたのか?」
ほら、やっぱり、感心した様な顔で私を見上げる迷子一号に微かな溜め息が込み上げる。
「いや、そうじゃなくて……畑の端とかに勝手に生えてくるの」
「勝手に?」
迷子一号は目をぱちくりとさせ、「気づかなかったなあ」と、手に持つ土筆を見て、それから、自分の指を見る。
「お?なんか指が茶色い」
「あ、それ、灰汁……。嫌なら止めても良いよ」
ついでにそのまま立ち去ってはくれないかなあと思ったりするのだが、迷子一号は「嫌じゃないぞ」と指を開いたり閉じたりしてにんまりと笑う。一体何が楽しいんだか、と、私はまた小さく溜め息を吐いて、袴を取るのに集中する。
「これが終わったら炊くのか」
「ううん、まだ洗って、灰汁も取らないと」
「手伝おう」
……何でだよ。
「い、いや、一人でできる様な奴だし、」
「じゃあ、見てても良いか」
……何っでっだっよっ!!?
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