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□追わぬ餞
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 彼、立花仙蔵と、私の関係というものを端的に表すとすれば知人以上友人未満の一言に尽きた。

 詳細を述べるとすれば、年に数回、片手で数える程の回数、学園の何処かしこで顔を合わせれば互いの近況をぽつぽつと話す程度の関係だった。
 近況は、極個人的なものというよりは、忍たま学舎とくのたま学舎全体の動き、だとか、何処其処の委員会や某の生徒、某の教員に何やら怪しい動きあり、だとか、そういった情報交換的な意味合いのものが多くを占めていた。
 何時から何故、この様な事を始めたかは良く覚えていない。私の記憶する限りでは始めた時期は私と立花がまだ下級生だった折り、あの恒例のくのたま流の歓迎授業の直後。申し出は立花からだった様に思う。
 とは言っても、歓迎授業以前は私は立花仙蔵という存在を知る由も無く、然し、あの時の、まだほんの小さな少年だった立花は、人の感情を逆手に取り相手を嵌める事に達成感を見出だしたばかりの罪悪感の薄い無邪気な怪物の様な私達とまともに渡り合っていた為に、私が立花との思い出を振り返る時は何時も、洗礼授業での小さくとも威風堂々とした少年の姿ばかりで、その強烈過ぎる記憶から、この時期なんだと思っている気もする。
 更に言えば、申し出が立花だったというのも、一年程前にそれとなく聞いたのであるが、立花本人から否定されていた。かといって私からかと言われても立花は覚えていないと言うのである。
「覚えていないが、私では無い」と、あの確信に満ちた物言いで言うものであるから、結局、きっかけは良く分からないという結論に帰するしかないのである。

 約定の様な堅さも無く、かといって逢瀬の様な甘さも無く、偶さかに顔を合わせれば話をするというだけの、曖昧で然し何故か途切れなかったもの。
 
 それが、私と立花だった。
 だが、この日、立花はどうやら私を探しに来た様であり、その事が私を僅かに動揺させた。

「なまえ、此処にいたか」

 と、立花は言ったのだ。
 しかも、学園の片隅も片隅。打ち捨てられた様な老梅がひっそりとだけある今は使われていない倉庫の裏にて。私はその時、その密やかな隠れ家の様な場所で本を紐解いていた。
 だから、探しに来たのかと思ったのであって、然しながら、立花の顔を見れば何時ものあの艶然たるとも言っても良いような余裕に溢れた笑みであったから、もしかしたら此れも偶さかなのかもしれない、と、思い直す。「探しに来たの」等と聞いて、違うと否定され要らぬ恥を掻くこともないだろう。なので、私は、

「どうしたの」

 という、曖昧な返しだけに留めた。
 立花は、

「いや、今日は偶々、遁走中でな」

 と答えた。

「遁走」

 と、私は復唱する。やはり偶さかだったか、と思いながら。然し、遁走とは、と頭を傾げていれば立花はやれやれとでも言いたげに首を微かに振った。女の私より余程美しい立花の髪は、ゆわんと肩を流れる。

「鬼遣らい、だ」

「鬼遣らい」

 また復唱してしまった。

「鬼遣らいで、なんで遁走なのよ」

「私が鬼なのでな」

「立花が鬼」

「いや、私だけではなく、六年生が鬼なのだ」

良く良く聞いていけば、この日は毎年忍たま学舎にて追儺の儀を催すらしい。
 六年生全員が鬼となり、後輩達はそれに、近しい六年生より配られた豆を打つ。
 逃げる六年生に豆を当てれた後輩は、その六年生により教員へ報告され今期最後の試験成績に加算される。
 といったものだ、と、立花は説明した。

「要は、実習なのね」

「うむ……まあなんだ。追い出し、だと我々は解釈している」

 立花は、私が凭れている老梅の横に立ち、螺くれた幹を柔らかい手付きで撫でる。

「鬼となって、出ていく、と」

「なんだ。分かっているではないか」

 立花は楽しげな声で言った。
 学園長も中々酔狂な事をする、と、私は本を読むのを諦めて懐に入れる。
 それを見た立花は「邪魔をしたな」と、そう言って、そう解釈して、踵を返した。

「ああ、そうだ」

 が、再び此方を向き、懐から取り出した小さな包みを差し出してきた。

「なまえにもやろう。世話になったからな」

 鳥の子紙を捻った包みは軽い。掌から転がり落ちそうなそれを握ればシャクと紙がひしゃげる音がした。

「あら、投げ付けても良いのかしら」

「好きにしろ。食ってしまっても構わん」

 お前には出来ないだろう、と、言外に語る様な表情と声。立花仙蔵は最後まで立花仙蔵だった。
 恐らく、会うのは今此処で最後此れっきりになるだろうと、私は、はっきりとそう思う。
 誰よりも誇り高い小さな少年も、鬼となるのだろうか、と、私はその背を揺れる髪を、存外に広い背を見送る。

 引き留めるには大胆に過ぎて、その背に何かをぶつけるには思いは足りず、老梅に背を預けながら彼を見送る。

「励めよ」

 その背が言った。

「ええ、そちらも」

 私が言った。

 風は冷たい。空には春が混じりだしている。


追わぬ餞



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