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□犬猫好きは大体良い奴
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俺の名前は竹谷八左ヱ門。古風というか、渋いというか、じいちゃん臭い名前だが、一応今時の男子学生だ。

四月、進級してクラス替えからの三時間授業で下校。一旦家に帰って、キュウに飯やってからいつものメンバーと遊びに行こうと俺はいそいそ帰宅中だった。

因みにキュウってのは俺の愛犬だ。俺はそいつを弟みたいに可愛がっている。それで、「八」左衛門の弟だから「九」と名付けたわけだ。
俺は犬が好きだ。猫も好きだし、生き物全般が好きだ。だから、去年は生物委員会に入ったし今年もそうするつもりだった。

家に帰って、着替えて、キュウに飯やってちょっと遊んでから家をでた。時間も早かったこともあり、俺は少し遠回りして駅近くの家で飼われている犬のモモの顔でも見に行こうと思った。
モモは白くてでかくて、顔は目が小さくて、雑誌やテレビにでるタレント犬みたいなのとは程遠いが、愛想が良くて人懐こい良い奴なんだ。

最近、顔見せてなかったから元気かなと俺はうきうきとモモの家近くの角を曲がる。

すると、そこには先客がいたんだ。
うちの学校の制服、スカーフの色からして学年も同じ、自転車通学なんだろう、鞄を籠に入れた自転車が重なって顔は良く見えない。
でも、とにかくその女子はモモが顔を覗かしている柵の前にしゃがみこんでいる。

俺は足を止めた。先客がいるなら仕方ない引き返そうと思った。
後、俺も健全な男子の端くれ、当然女子に興味が無いわけではないが、女子達が犬や猫を見て何かってと甲高く「カワイー!」と叫ぶやつは正直言って理解しかねていた。とゆーわけで、犬と女子の組み合わせ、残念だが今回は諦めて引き換えそうと思った矢先だ。

「モモちゃん、最近シャンプーしてもらったのかな?」

思わず振り返った。さっきの女子の声だ。小さな囁き声で誰かと話しているかのような口振りだったけど、そこにはモモと彼女ぐらいしかいない。

「うぉん!」

「そっか、やっぱりね。前よりもっとふわふわになったもんね。」

「う、ぅ。」

「美人になったねえ。触ってもいいかな?」

「わふ。」

やっぱりだ。彼女はモモと喋っている。そうしてモモの首周りを撫でている彼女の、自転車の隙間からちらりと見えた横顔の口元は非常に嬉しそうに笑っていて、モモは尻尾をぶんぶん振っている。
なんだか優しい光景でぼうっと見とれてしまった。


「まあまあ、なまえちゃん。こんにちは。」

家の玄関からモモの飼い主のお婆さんが出てきた。

「こんにちは、鈴江さん。今日のモモちゃん毛並みが綺麗でふわふわですね!」

「あらまあ、そう?こないだ娘が美容院に連れていったのよ。最近は犬とかもシャンプーしてもらえるみたいねえ。」

「ふふ。とっても美人さんになりましたよ。」

お婆さんと楽しそうに話しながらも彼女の手はモモを優しく撫でる。モモは気持ちよさそうに目を細めている。

ポケットの中の携帯がぶるぶる震えた、俺は踵を返して歩きながら携帯を見る。友達の三郎からで「はやくこい。」との事だった。俺は待ち合わせに遅刻したのだ。





「なあ、犬と話す女子ってどう思う?」

「不思議ちゃんは無理。」

「豆腐と話す奴よりはマシ。」

「そんな三郎はこの美味なるソイラテの前にひれ伏すのだ。」

「うーん…それは犬語が分かるっていう意味なの?それともただ一方的に話しているだけなの?場合によるよね……あり?……いやなし……?」

待ち合わせのスタバでの友人達の会話。兵助が三郎の前にトールサイズのソイラテをどんと置いたのを無視しながら三郎は話し出す。

「不思議ちゃんは無理、か。勘右衛門の意見には俺も賛同だな。まあ、そういう女は不思議ちゃんか「ワンちゃんとお話しちゃう純粋なアタシ可愛い」ってのかのどちらかだよ。録なのがいないさ。」

「なっ!?あのこはそんなんじゃねえよ!!」

「なになに!?ハチ、実例ありきなんか?」

勘右衛門が身を乗り出す。他の皆も興味津々な顔をしている。

「とうとうはっちゃんにも春が来たのか、めでたいな。」

「ハチ、どんなこなの?」

「あー、違う違う、そんなんじゃない!!もうこの話しは終わり!お前らに話したんが間違いだった!!!」

無理矢理話を打ち切った。
春ってなんだ春って、顔もよく分からないし名前も下のなまえってのしか分からない子だ、俺はそんな軽い男じゃない。あの優しい雰囲気が妙に印象に残ったのと、そう。相当な動物好きと見たから気になっただけだ!そうだ、そうに決まってる。動物好きは大体良い奴だからな!



それでも、翌朝。俺は登校中、自転車に乗っている女子生徒をちらちらと目で追いながら彼女を探していた。
でも見つからなくて僅かに落胆をしながら遅刻ぎりぎりに教室の扉を潜るのだった。


だが、俺の落ちたテンションは次の瞬間ひゅんと上がる。
騒がしい教室の中、窓際の席で本を読んでいる女の子。
彼女だ。昨日モモと話していた子だ。間違いない。少ししか見えなかったけどその横顔は確かに彼女だ。
どうしようか、まさか同じクラスとは。話しかけようか迷っている内に担任がやって来てしまった。




一時間目は委員会と係決めだ。学級委員長を決める時に、クラスのやつが手を挙げた。

「はい。先生、学級委員長は去年5組の委員長だったみょうじさんが良いと思います。」

「それ、私も良いと思います。私、5組でしたけどみょうじさんすっごいしっかりしてたし。」

そうか、彼女の名字はみょうじさんというのか。しかし、それはちょっと押し付けっぽくないか。みょうじさんは困った様に笑っている。

俺は何か言わなくちゃという気になって口を開いた。

「なあ……」

「ねえ、それを言ったら。去年1組の委員長だった三郎も委員長をやらなくちゃならないの?去年とか関係ないと思うな。」

「うん、それな。」

雷蔵に全部言われてしまった。ほんとそれな。

「えー。じゃあ、鉢屋君も委員長か副委員長やればいいじゃん。」

「そー、そー。」

うわ、こいつら本当に押し付ける気まんまんじゃねえか。

「……あの、私は構わないよ。委員長で。」

みょうじさんが手をそっと挙げながら言った。

「良いのか?みょうじ。」

「はい。皆が推薦してくれるのなら。精一杯頑張ります。」

にこっと笑う彼女に周りからぱらぱらと拍手が無責任に響く。バカじゃね?どう考えても押し付けられてんじゃん。お人好しかよ。俺はなんだか腹が立った。

結局、なんだかんだで副委員長は三郎になって、俺は念願の生物委員になれたがなんだかスッキリしなかった。

それからみょうじさんの事をそれとなく観察していた。

真面目で読書家。英語と、生物が得意。しっかりものでお人好し。
友達は少ないみたいだけど、寂しそうには見えない。
なんとなくいつもすうっとした雰囲気がある。ペンケースは綺麗な白っぽい緑色で、彼女に良く合っていた。

無口だけど無愛想じゃない。でも、あの時モモに向けてたみたいなふわっとした笑顔は未だ見たこと無い。俺はあの顔をもう一度見たいなって思った。

ある日の朝、駅前のコンビニに入るのを見た。時間は6時20分くらい。俺はたまたまキュウの散歩をしていた。それからなんとなくその時間の散歩が毎朝の習慣になった。ジャンプを立ち読みしてるのも見て意外な一面だよなって思った。

みょうじさんともっと話したいけど、なにかと騒がしい俺が喋っても迷惑かもとかなんか変に緊張もして殆ど話せない。挨拶ぐらいがやっとだ。なんだろうな、俺らしくないなって思う。


「それは恋だよはっちゃん。」

「こっ、恋!?」

兵助がポテトをつまみながら真顔で頷く。放課後のマックで兵助に最近の俺の近況について話した。
こんな話、同じクラスのあいつらには恥ずかしくて言えないし、勘右衛門も別クラスだけどなんかチャラいし。真面目な兵助にって思ったんだが、奴の発言に俺はコーラを噴きそうになった。

「そっそんなんじゃない!」

「はっちゃん。顔赤いよ。」

兵助はしれっと言う。

「じゃあね。チェックね。イエスかノーで答えてください。」

「おう。」

「その子の事を目で追ってしまう。」

「イエス。」

「今何してるのかなって思うときがある。」

「イエス。」

「話をしたいと思う。」

「イエス。」

「笑顔を見ると嬉しい。」

「イエス。」

「目が合うとドキドキする。」

「イエス。」

「その子の手料理食べたい。」

「……イエス。」

「ぶっちゃけその子に彼氏ができたら落ち込むかもしれない。」

「………………イエス。」

「はい、3つ以上イエスがあった場合、恋をしてるということになります。」

「マジかっ……てかなんだそのチェック項目。」

「ソースは勘ちゃんだよ。」

なんだあのチャラ男。的確すぎるだろってかそうじゃなくて。

「……俺、どうしたらいいの?」

兵助は俺を見てふっと笑う。

「はっちゃんのしたいようにしなよ。」

俺ん家、今晩湯豆腐だから。とポテトSサイズを半分俺に譲り兵助は帰っていった。俺は大きく溜め息を吐いた。




俺は彼女のことが好きなんだろうか、かといってどうしたら良いかも分からずうじうじしてる内にあっという間に半年以上が過ぎてしまった。

ある日の事、何時もの時間、朝のコンビニにみょうじさんがいない。
寝坊でもしたのかな。まあ、そういう日もあるよな。と思いながらキュウとコンビニを通りすぎようと思う。

その足が止まった。
もしかしたら、直ぐに来るかもしれない。そんなことを思う俺である。
会ったとしてどうしたら良いのか、そんなのは二の次で店の前にキュウを繋げてコンビニに入った。

暫くして、彼女が来た。キュウに気づいてしゃがみこんでいる。
俺はその顔を見てドキッとした。
あの春の日、モモに向けていたあの優しい笑顔だ。

うん、もう白状しよう。

あんな笑顔を向けられるキュウが羨ましいなんて馬鹿な事を思うくらいに、

俺は、彼女が好きなんだ。


深呼吸をして、俺はコンビニから一歩足を踏み出した。


犬猫好きは大体良い奴






半年以上かけて漸く認める激ピュア男竹谷

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