いしゃたま!

□彼と同輩、彼女と銀の穂
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 息が上がっている。
 不味いと整えながら少し速度を緩め、僕は見切った罠の起動装置を飛び越えた。
 第二撃がある。
 右に避けたら少しよろけたせいで、多分、罠が起動された。

「……っと!」

 しゃがんだ頭のすぐ上をビュンと空気を切っていく丸太。
 僕は、ふうと息を吐いた。

 裏山に入って、恐らく今はスタートから半刻程。
 落とし穴には六回落ちた。
 罠には三回。
 移動に支障が出るような怪我はしていないけれど、消耗はしている。
 額から垂れた汗が土を流して目に入った。顔を拭えば袖も泥付きなもんだからじゃりっとしてあんまり意味は無かった。

「……伊作」

 名を呼ぶ知った声に顔を上げれば、滲んだ視界に写る松葉の影。
 斜面の向こう側で、僕の同輩が僕を見下ろしている。

「長次……?」

「……思っていた、より……早かったな…………」

 あの聞き取りにくい小声がそう言った途端、同輩、中在家長次の周りにどやどやと人が増えていく。

「さて!たどり着きました!!沈黙の生き字引、図書委員会委員長、中在家長次先輩監修のクイズコーナー!!」

 彦四郎と鉢屋がつくしマイクを持って現れた。さっきの応援席のメンバーもいる。
 まさか追い掛けて来たのかと僕は呆れた。

「その名もずばり『この薬草の名前言えるかな』!!因みに司会実況の我々及び応援席はコースとは違う最短距離で移動しつつ善法寺先輩を追わせて頂いておりまあす!」

 鉢屋が良い笑顔で言えば応援席はやんやと沸き立つ。
 その声を受けながら、僕は立ち上がり、長次の前へと向かう。

「長次、」

「……怪我も、少ないな」

「お陰様で」

 なんだかんだで二年くらいの付き合いだ。綾部の罠の癖はそれなりに分かっているつもりだ。
 不運故に他の生徒よりもお世話になって来たから、とも言える。

 手招きする長次に着いていけば、開けた場所に長い縁台が置かれている。

「これは?」

 縁台の上にはずらっと薬草が並べられていた。
 乾燥したものや、根っこだけ、実が数粒だけのものもある。

「……全ての名前を…………言い当ててみろ」

「それができたら、前に進めるのかい」

 長次はこくんと頷いた。
 僕は少し笑った。

「悪いけど、長次。此れは僕には易しすぎる問題だよ」

 長次は、何時もの仏頂面を更にむすりとさせ、つまりは長次にとってはすこぶる機嫌の良い表情で、またこくんと頷く。

「……伊作、」

 縁台の前に立った僕に、長次はまたも話し掛けてきた。

「なんだい、長次」

「……私は、お前ならば、大丈夫だと…………そう思っている」

 随分と真剣な物言いだった。
 僕は少しポカンとなって、長次を見る。

「う、うん……そりゃあ、薬の類いは僕の専門だもの、でも、そう言って貰えるとなんだか照れるなあ」

 長次は答えず、僕の事をじっと見ている。
 その視線に少し気まずくなって、長次から視線を外して縁台に目を落とせば、「はじめ」と、小さな声がした。

 千振(せんぶり)(くず)葎草(かなむぐら)茴香(ういきょう)芍藥(しゃくやく)橙皮(とうひ)蒲黄(ほおう)…………僕が言い当てる名前全てに、長次は正解だと小さく頷いていく。

「……(しきみ)

「正解……」

 シキミ、だ。
 その言葉が、音が、僕の胸の内に、彼女を浮かび上がらせる。
 医者になりたいと、学園にやって来た彼女。
 女だからと決め付けるなと、しゃんと背を伸ばして、地を踏み締めている彼女。
 何時だったか、確か、仙蔵が、ちどりさんは気が強いと言った。
 僕はそれを度胸が有り余っているだけだと言ったけれど、今なら頷ける。
 だけど、僕はきっと、あの時から、そんな彼女だから、惹かれていたんだろう。
 その心根の、危うい程の真っ直ぐさに、前を見据えるその両の目に。

 それが、僕を見ていない横顔なのだとしても。

「……全問、正解」

「流石は六年間保健委員を努めた保健委員会委員長!!中在家先輩の関門を見事突破致しました!!!」

 鉢屋の実況に、周りがどわっと沸き立つ。
 僕はそれを見渡しながら苦笑した。長次は僕の肩をぽんぽんと叩く。

「先へ、進め」

「うん、そうさせて貰うよ」

「……大丈夫だと、思っているからな」

 僕は漸く、何となくに、長次の言葉の、その意味が、この試験の意味が、分かった。

「有り難う、長次」

 それに僕が返すのは、やっぱり情けない苦笑だったのだけれど、長次が僕の背を押して、僕はそれに任せてまた走りはじめるのだった。


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