いしゃたま!
□試験開始
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「が、学園長先生……いったい何なんですかこれは、」
僕の声は狼狽をたっぷり含んで情けなく微かに震えていて、学園長先生はそんな僕を一瞥して「コトバ通りじゃて」と、その手に持つ杖で留三郎を示した。
「儂の思い付きではのうての、此処におる食満留三郎や、立花仙蔵ら六年生の持ち込み企画じゃ」
「はい?」
留三郎を見た。
にやっと笑って、頭を掻いている。
『いやあ、あっはっはー』という奴だろうが、これは咬まされる側になれば中々イラッとくるものだという事に気付く。
「六年生各々、卒業試験の前にその者の課題に見合った試験を受けたいとのこと……中々におもしろ、いや、殊勝な心掛けではないか」
ふふふと、低い笑い声を出した学園長先生は僕の前に一歩、歩みでる。
「して、どうするかの。善法寺伊作」
「へ?」
「棄権しても構わんのじゃ、資格取得試験というたが、要は卒業試験前の腕試しなんでの」
僕は、学園長先生と、留三郎を見比べる。
いったい何がしたいのか、全く持って分からなかったけれど、留三郎の視線は鋭く……というか寧ろ全力で僕を睨んでいて、「此れは、断ったら不味いのかなあ」なんて思ってしまった。
僕って、やっぱり気が弱いのかもしれない。溜め息が出る。
「…………分かりました」
いや、分からないんだけれど。
けれど、僕は吐ききった息をまたすっと吸い込んで口を開く。
「善法寺伊作。卒業試験受験資格取得試験を受験致します」
『その者の課題に見合った』という所が、惹かれた所だった。
僕の課題。気の弱い所、それと、
「うむ。では、おぬしの試験は、幾多の罠と不運を避け、一人で此方の用意した到達地点へと向かう事じゃ」
「……やはりそれですか」
それと、『不運』だ。
「此れが経路の絵図じゃ。制限時間は日没までとする」
「……はい」
差し出した絵図を受けとれば。
うわんと空気が唸る音がした。
「では改めまして始まりました!六年生卒業試験受験資格取得試験!善法寺伊作編!」
鉢屋だ。
先程つくしマイクを僕に投げ付けた筈だがどうやら予備があったらしい。
「実況、司会の私、鉢屋三郎。五年生の身としてまさか来年は我々もこれを受けねばならないのかと……少々余計な事をしやがってな気分でございます!」
「聞こえてるぞ鉢屋ぁ!!!」
「マイク通してんですから当たり前でしょーが!」
確かに当たり前だ。
そして留三郎までつくしマイクに向かって叫ぶものだから耳がキンとなる。
「ではでは、ふざけてばかりもいられません!彦四郎!今回のコースを解説だ!」
「はい。ただ今学園長先生の手から善法寺先輩に渡されました試験の経路。学園裏門をスタート地点に、裏森から裏山、裏々山山頂へと至り再び学園へと戻ってくるものです……途中、作法委員会の天才トラパー綾部喜八郎先輩監修の罠、その他諸々の関門が用意されています」
そう言えば……と、僕は思う。
『司会及び実況』とはいったい誰に向けたものなんだ。
そもそも、試験に司会や実況や解説がいるのだろうか。
「今回の善法寺伊作先輩の受験に際して、応援席も多いに盛り上がっておりますね」
「ぅえっ!?」
応援席だと、と振り返れば其処には一年は組を中心とした生徒の一塊がある。
いったいいつの間に……呆れる僕を他所に、乱太郎が『応援席』と書かれた看板を「頑張ってください!」と僕に向かって振るのだった。
「伊作先輩!不運なんかに負けないでくださいね!!」
「凄いスリルルルルル……」
「大怪我だけはしないでくださいよ!?」
委員会の後輩たちが口々に言えば、周りもわいわいと騒がしく僕に応援の言葉を叫ぶのだった。
何故か数馬はいない。ふと、引っ掛かりを覚えた。
「善法寺先輩」
応援席から此方へ歩き出してきた桃色の一団。
「トモミちゃん?」
くのいち教室の子達を率いてきたトモミちゃんが差し出すのは小さな桐の箱。
「立花先輩から預かって参りました。山頂にて、必要があれば、開けるようにと伺っています」
「え、うん」
受け取ったそれは存外に軽い。
いったい何だろうと僕は蓋に手を掛ける。
「山頂に至らぬまで開ければ我々くのいち教室一同で攻撃して良しとの事も伺っています」
にこりと華やかな笑みに氷の言葉、僕の動きはその場にびしりと固まった。
「必要となった時は、自ずとその中身が分かる……かもしれない、と、立花先輩は仰有っていました」
「は、はあ……」
訳が分からなかったけれど、くのいち教室の子達の視線に気圧され、僕はそれを懐に納めるのだった。
然し、なんで応援席まであるんだか……
「ねえ、とめさぶ」
今回の発起人であろう留三郎に聞こうとした僕の声は然し、大音量の銅鑼の音に掻き消された。
「さあ!出発の合図の銅鑼が鳴らされました。只今より試験開始です!」
「えっ?……え!?」
戸惑いっぱなしの僕はきょときょとと意味なく辺りを見回す。
「「「伊作先輩!早く走って!!」」」
「えっ!?あっ、わ、分かった!」
乱太郎、伏木蔵、左近の声に押されて、結局訳が分からぬまま走り出す僕の試験は始まった。
日は中天にある。いや、少しだけ西へ傾いているか?
あの経路で日没までというなら、かなり飛ばしていかないと間に合わな
「いいいいいいいいいっ!?」
「「「伊作先輩いいいい!!」」」
ずぼっと抜けた足元に、喜八郎の「だぁいせいこう」と間延びした声が聞こえるのだった。
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