いしゃたま!

□それでも
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「お、伊作にちどりさん、寄ってけよ」

 文化祭に賑わう学園をすり抜ける様に歩いていき、最初に辿り着いたのは伊作君と同室の食満君率いる用具委員会の屋台だった。

 食満君の笑顔は私と伊作君に真っ直ぐ向けられて、それから繋がれた私達の手にちらりと落ちる。
 それが合図かの様にゆっくり、引きずる様な動きで伊作君の指が遠退いていった。
 隣を見上げれば微かに赤い耳元が見える。釣られて、私の首筋もそわそわと熱くなる。

「ちどりさんに善法寺先輩!」

「こんにちはぁー!」

「是非遊んでいってくださぁい」

 ぴょんと跳ねるような声に我に返った、此方を見上げるしんべヱ君、喜三太君、平太君。
 平太君が差し出してきたのは竹筒の紙鉄砲の様なもの。

「これは?」

「用具委員会特製の漆喰砲です」

 作兵衛君が此方を振り返って言った。
 その手には硯と筆がある。食満君が軽く凭れている縁台の向こう、少し離れた所にある壁の前に作兵衛君は立っていて、その壁には至るところに数字が書かれていた。
 漆喰かぁ、通りで用具委員会の面々の顔や身体があちこち白くほこりっぽい訳だ。

「そうか、射的だね。留三郎」

 伊作君が漆喰砲を受け取れば食満君はにっこり笑う。

「ハズレもあるぞ。いっちょ腕試ししてけや伊作」

 あら、本当だ。壁には数字だけじゃなくて所々、『はずれ』と書かれてある。

「漆喰で見事消せた数字の商品を親衛隊しまぁす」

 しんべヱ君が真ん丸いお腹をつき出すようにして得意気に言った。「親衛隊?」と聞き返したら、きょとんと首を傾げる。

「しんべヱ、それを言うならしんてーだよぉ」

 喜三太君が訂正してくれた。『しんてー』……ああ、なるほど『進呈』ね。えへへぇと照れ臭そうに笑うしんべヱ君に此方もほっこりと顔が緩むのだった。

「よし、じゃあお前達。忍たま仕様だ!」

 食満君の一声に「はぁい!」と良い子のお返事。一年生達と食満君は縁台をわっせわっせと運びだした。
 壁と縁台の距離はどんどん遠ざかる。

「えっ!ちょっ、五間ぐらいない!?」

 伊作君が壁と縁台を見比べる様に食満君の笑みは益々深くなるばかりだ。

「上級生だからな。本当は五十間くらい開けたい所だが敷地が足りん」

「通し矢じゃないんだからさあ」

 苦笑する伊作君は漆喰砲の掴み方を確かめる様に握ったり軽く上げ下げしている。

「出来ないとは言わせないぜ伊作」

「言う訳ないだろう、留三郎」

 そう言って笑う顔が、なんだかとても男の子めいて見えて思わず私の口に笑みが浮かぶ。
 すると伊作君は私をちらっと見下ろして「見ててくださいね」と明るく笑った。少しドキリとして、漸く私が頷けた時には伊作君は縁台の前に立って漆喰砲を構えている。


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