いしゃたま!

□手を繋いで
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※限りなくモブですが、『黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想』の夢主がちらっと出て来ます。

 
 障子を閉めたのは自分なのに、独りでに閉まったかの様に思えた。

 私は、秋風にちりちりと震える障子紙をぼんやりと見つめている。
 然し、何時までもそうしている訳にもいかないと、引き摺る様な体を強制的に踵を返させて歩き始める。

「ちどりさん」

 気がつけば学園長先生の庵はもう遠く。
 元の保健委員会のお店の前で、私の前に立っているのは伊作君だ。
 ぼんやりしすぎ、と、胸の内で自嘲する。

「用事は終わりましたか?」

「ええ、大した事ではなかったので」

 咄嗟に嘘を吐いた。
 衝動的なそれに、意味はあるのかは分からない。
 先程までの自分と、今、伊作君に笑いかける自分が乖離し、その間に薄い膜が張っている様な。
 伊作君は私の顔を見て、それから、待っていてくれますかと一言、歩き去った。

 直ぐに戻って来た彼は前掛けを外している。

「せっかくなんで少し回りませんか?」

「え」

 私は、少しぎょっとして伊作君を見返す。
 伊作君はしどもどする事も無く、柔らかい笑みを浮かべて私をみおろした。

「お店は、」

「タソガレドキの高坂陣内左衛門さんと諸泉尊奈門さんが手伝ってくださっているので、少しくらいなら」

「え」

 私はまたぎょっとする。
 伊作君の背後から店の方に目をやれば、くるくる立ち働いている二人の男の人が見えた。
 視線を巡らせれば、縁台の一つに雑渡さんが座っていて此方に手を降って来られた。
 私はぎくしゃくと会釈を返す。
 雑渡さんの隣には、尼削ぎ髪の女の人が座っていて、その物珍しい髪型と、綺麗な顔立ちに目が引き寄せられた。女の人は静かに会釈し、何事かを話し掛けている雑渡さんに首を傾け淡い笑みを浮かべた。
 その表情、それに雑渡さんが返す笑み。
 彼女は、雑渡さんの好い人かしら、と、そう思った。しかし、と私は再びてきぱきと働いてくださっている二人に目を戻す。

「お客様では、なかったのでは?」

「雑渡さんから提供してくださったので、遠慮なく」

「……そう」

 けろっと言い放った、その笑顔に、私は思わず苦笑する。
 伊作君は結構、神経が太く出来ている所がある。幾多の不運に負けない姿勢が産んだものかもしれない。

「あっ、ですがちどりさんの気が進まないのでしたら、無理には……その、」

 かと思えば、いきなり悄々と、もだもだとしだすのだから、

「な、なに笑ってるんですか」

「ああ、ごめんなさい」

 私は、此処まで引き摺ってきた重いものを忘れて笑ってしまう。

「良いですよ。行きましょう」

 今度は伊作君がぎょっとした顔をした。
 その目は、私が差し出した手に注がれている。
 私は、伊作君に手を差し出した。それは本当になんとなくで、そうしたいと思ったからで。
 私の手と、私の顔を見比べる視線に、徐に顔へ熱が昇りだす。

「……はい、ちどりさん」

 退きかけた手は、私より大きく筋張って少しひやりとしている手に包まれている。私は、微かに息を詰めた。

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