いしゃたま!

□文化祭初日、予感
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「よお、ちどり。いさしかぶりー」

 おおらかで豊かな山を思わせる声だ。
 振り返った先の久しい笑顔に此方も思わず顔が綻ぶ。

「与四郎君、お久しぶりです」

 足柄山にある風馬流忍術学校の生徒さん、錫高野与四郎君は、ぐるっと周りを見渡してうんうんと頷いた。

「中々繁盛してるし、本格的だべなぁ」

「お陰様で」

 忍術学園文化祭の初日、保健委員会の茶店は、与四郎君の言う通りに中々盛況で、私も急遽、人手として駆り出されていた。

「んだー。なんと言っても別嬪がおんのがええべ」

 私を指差しながらにっと笑う与四郎君。
 調子の良いことを言う、と、私は苦笑いした。

「そんなおだてたって値切りは利きませんよ?」

「いやいや、思うたまんまを、」

 与四郎君の言葉と表情がはたと止まる。
 うん、此れは私にも分かるなとまた苦笑した。

「ちどりさん。調理場の方のお手伝いをお願いできますか?」

 いつもの優しげな笑顔なのに、なんでこうも穏やかさと対極なんだろうか。
 いっそ感心する、と、私はお盆で伊作君の頭をぺしんと軽く叩いた。

「お客様、です。伊作君」

 与四郎君は目を瞬いて、「ありゃー」と呟いた。

「そういうことかよー。えがったなぁ、ちどり」

 へらっと笑う与四郎君に会釈して私はそそくさとその場を離れるのだった。
 何ともはや、爽やかな人だ。しかし『良かった』とは……見透かされていたみたいだなあ、と小さく溜め息。

「姉さん、大丈夫?疲れてない?」

 調理場で立ち働く数馬が私の顔を見て聞いてきた。
 溜め息を聞かれたのかもしれない。大丈夫、と、手を振る。

「忙しいっちゃ忙しいけど、久しぶりの人にも会えて楽しい」

 ついさっきも兵庫水軍の皆さんが来て下さったのだ。私は首を少し伸ばす。

「数馬、此方は私に任せて、塩水を三杯。届けてあげて」

 青い顔で座っている陸酔い三人衆が気にかかる。
 態々人混みに突っ込むなんて無謀な事を。

「御加減があんまり酷いなら保健室へ案内ね」

「うん」

 数馬は頷いて、それからちらっと私を見上げる。

「どうしたの?」

「……いや、何時ものちどり姉さんなら僕に頼む前に動き出すよなあって」

「んー……」

 まあ、そうなんだけど。
 とゴニョゴニョと口の端で呟きながら、軽く目で示す先。

「なんていうか、拗ねちゃうから」

 見てたのに気付いた伊作君がにこりと笑う。
 数馬は明から様にブスくれた。

「姉さんの事を信用しないなんてどうかと思うよ」

「そう単純でも無いのよ……私も本気で嫌だと思ったらはっきりと言うから」

 そう、私は其処まで汐らしい性格はしていないのだ。
 ただ言っても無駄だって所もあるし、事実、それが凄い嫌だとは思わない。

 色恋とは自分で思っている以上に我が儘にも寛大にもなってしまうものらしい。

 宥める様に肩を叩けば、数馬は、ぶつくさと未だ文句を垂れながらも言われた通りに塩水を持って調理場を離れるのだった。


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