いしゃたま!

□そうはいっても、
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 文化祭まで早くも後三日を切った。

 保健委員会の芋粥は、おばちゃんの手引きもあって中々良い出来だった。
 食材の管理も、当日までしてくれるそうだから有難い話だ。

 各委員会の面々は毎日準備にばたばたと忙しく、先生方は授業の追い上げに日程とにらめっこをしている。
 学園内にも徐々に屋台や諸々の試作品が並び始めている。

 目まぐるしくてそわそわとする感じはしなくはないけれど、こういう空気は嫌いではないなと、私は保健室で小さく伸びをする。

 保健室は私一人だ。最近は大きな実習も無いので、治療に駆り出される事も無い。
 加えて、最近は一人で任される事も多くなった。

 大きな治療は無いけれど、このそわそわとした雰囲気の中で、細かい怪我をする生徒は多い。
 ぱらぱらと捲る治療録には下級生の名前ばかりだ。
 注意喚起はした方が良いかもな、と、思っていれば「失礼します」と、戸が開いた。

「はい……て、不破君、鉢屋君」

 久しぶりの上級生だ。
 連れ添うようにして現れた同じ顔。

「どうしました」

「鉢屋が、火傷を」

 やや柔和な感じのする方、不破君がそう言った。
 背を押される様にしてやっと保健室に入った固い表情の鉢屋君の手からは水が垂れている。

「直ぐに冷やしてるみたいですね。薬を出しますから座って」

 促されて座った二人。
 私は先ず鉢屋君の火傷を見る。
 掌から手首に掛けてだ、軽いものだったので少しほっとする。
 鉢屋君の顔色がなんだか蒼白だったものだから酷いのかと身構えてしまった。

「痛みます?」

 鉢屋君は無言で首を横に振る。
 顔色は相変わらず悪くて、表情が固い。
 何と無く不破君を見たら曖昧な笑みが返って来た。

 私は湯を沸かし、薬草棚から調合分を取り出す。

「鉢屋君が怪我なんて珍しいですね」

 薬研を引きながらどちらへともなく言った。

「図書委員会の手伝いに来てくれていて、後輩を庇ったんですよ」

 不破君が答えた。
「それは、大変でしたね」と、鉢屋君を振り返ったが、その表情は相変わらず固い。

 もしかしたら、と、私はふと思う。

 あの程度の火傷なら上級生達は自分達でなんとかする事が多い。

 態々、此処に来たのは、この表情と関係があるのか、と、私は鉢屋君をそれとなく観察しながら薬を調合する。

 きろ、と、鉢屋君の目が動いた。

 見過ぎたか、私を睨み返している。

「…………よな」

「え」

 何かをぼそりと呟いた。
 聞き返せばぎゅっと顔が歪んだ。

「……痕は、残るよな」

 そう、不破君の姿で、ひび割れた声で言った。

 ああ、と何と無く合点がいった。

 彼は完璧主義だ。時に痛ましい程に。
 それが、後輩を庇った上のものでも、火傷痕が残れば、鉢屋三郎としての目印が残る事になる。

 それが、許せないのだろう。

「中在家君が、此処に寄越した、かな……?」

 不破君が頷いた。

 私は、小さく息を吐く。
 端的に言えば、精神的動揺が強いから隔離されたといった所か。
 まあ、こんなに青い顔してちゃ、庇われた後輩も気が気じゃなくなるだろう。

 私は薬を持って、二人の前に座る。

「そりゃ、多少は残りますよ」

 下手に濁さずはっきり言っておいた方が良い。
 ひくりと動いた眉も気にせず私はぱっぱと治療を始める。

「だけど、鉢屋君の技術ならばこの程度の痕は充分隠せます。そんなに狼狽えなくても大丈夫。落ち着いて考えれば自分でも分かる筈ですよ」

 包帯を巻いて、「しっかりしなさい」と言えば、さっき以上に顔をしかめた。

「……言われんでもわかってる」

「後輩って?」

「二年い組の久作です」

「後で、大したこと無いって言ってあげてくださいね」

「わかってる」

「だろうけど、言ってます」

 鉢屋君は細く長く息を吐いた。



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