いしゃたま!
□棚引きて、空を見上げし
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まさかまさかの、元くのいちだった尼御前様、青蓮尼様が数馬に快く狼煙の道具を貸して下さったので、私達は今、山門を出た直ぐの場所で伊作君達に向けて狼煙を上げている。
とは言っても、私は数馬が煙を扱うのを側で見ているだけだ。
煙の量を調節する度に数馬の背中で柔らかそうな髪が揺れる。
器用なものだ。
見上げる煙の、その切れ目や形の意味は、私には分からない。
「ねぇ、数馬」
私は、今かな、と思った。
今じゃなくても良いかもしれないけれど、それでも、凄く勝手な事だけれど、私は、
「なぁに、ちどり姉さん」
煙から目を離さず数馬は返す。
かつて、私の手を繋いで離さなかった小さな弟は、私には分からない出来ない事が沢山出来る様になった。
それはどうしても寂しい事なのかもしれないけれど、その寂しさを底から包んでいるのは、確かに、嬉しいに限りなく近い心だと思った。
だから、今、私は言いたいんだろう。
「善法寺伊作君と、恋仲になったの」
「なんだ、やっと?」
数馬はほんの、ほんの一瞬の間の後、明るい声でそう言った。
「気付いていたけどね」
そう言って、此方を横目で見て笑う。
それからまた黙々と、狼煙の煙を扱い出す。
私は少しだけ歩いて、邪魔にならないぐらいまで近づいて、そこにしゃがむ。
「気付いてたよ。僕はずっと」
「そう」
すん、と鼻を啜るような音を立てた数馬の口許は柔らかく弧を描いている。
「しかし、僕にべったり弟馬鹿のちどり姉さんが、とうとう僕から卒業かぁ」
「そうね。行かず後家は免れたみたい」
「姉さん」
「なぁに?」
数馬は、ふっと空を見上げた。
風が吹いたせいで煙と数馬の髪が揺れて流れる。私の髪も。
顔にぺたりと貼り付いたそれを撫でて耳に掛けながら、
「泣かないでよ」
「泣いてないわよ」
忍たまの数馬に吐くには下手すぎる嘘を吐いて、髪を耳に掛ける手で頬を拭う。
「心配だよ。僕、泣かれちゃうなら、やっぱり伊作先輩には渡せないよ」
「だから、泣いてないわよ」
姉さんは意外と泣き虫だからなあ。と、静かに笑う数馬に私は反論しない。
また一筋だけ流れたそれが、山の秋風にきんと冷たい。
「姉さん、どうなっても僕らは最強の姉弟だからさ。大丈夫だって」
「なぁに、それ」
「姉さんが言ったんじゃないか」
数馬の声が、そこで初めて、ちょっと拗ねた様になる。
私は、はしたなくもさっきの数馬より大きな音で鼻を啜りながら、笑う。
「そうね。言ったわね」
数馬の背中は随分大きくなったなあ、と、そんな事を思いながら、私は膝に顔を埋める様にして後追いの涙を堪えていた。
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