いしゃたま!

□秋茜は飛ぶ、私達は笑う
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「母が、私達三人を会わせてくれたのではないでしょうか」

 軽率かもしれなかった。
 だけど私の口から出たその言葉はちゃんと柔らかく響いた様に思う。

 死者は何もできない。
 それは、よく分かっている。

 しかし、死んでいった者達は生者に悲しみも、喜びも、時には奇跡すら与えてくれる様な気がする。

 それは私達が、生きているからだ。奇跡は生きる者にしか訪れない。
 だから、やはりあの時貞明さんに言った様に、私は生者の方を大切に思ってしまう。

 雑渡さんの笑い声が、啜り泣く様に聞こえた。
 顔を見たけれど泣いてはいなくて、ただ優しく目を細めて私を見ている。



「……おじさんにそんな御褒美みたいな話をしないでよ、泣いてしまうから」

「泣いても宜しいですよ」

「いや、泣かない。貞明に墓までからかわれるだろうから」

 鼻で笑う声と揺れる背中。
 雑渡さんはその痩せた背中を振り返る。


「なあ、貞明。お前も私の事を恨んでくれたって良いんだよ」

「は。何をどう恨めと言うんだ」

 此方を見た貞明さんはくしゃりと笑う。




「私は勝手に此れからも生きて、勝手に幸せになるよ」

「惚気話は大概にしろ」

 雑渡さんはうむ、と小さく唸る。




「私はあの人を忘れてしまうかもしれない」

 数度、目を瞬いた貞明さんはふわりと目を伏せる、また、秋茜が飛んで来た。


「……構わん。それで良い」




 深々と、それはもう深々と、雑渡さんが息を吐く。
 安心しきった様なその溜め息の後、また啜り泣く様な笑い声。



「私が忘れない。だから、それで良い。昆奈門」


 痛みを抱えてもなお笑う。そんな笑顔だ。
 それでも、その痛みすらきっと貞明さんの一部なのかもしれないと、私はその時思った。
 哀れみは寧ろ非礼であるとすら、そう思えてしまう程に美しく見えた。





「あの方は、お前には勿体ない程の方だ。精々逃げられぬ様、決して離すでないぞ」

 雑渡さんは、本当にどいつもこいつも、とぶつぶつと呟いて、物言いたげな私を見た。



「馬鹿で勝手な男の為に、色々なものを投げうってくれた人がいるんだ。私は、その人の為に生きると思う」


「それで、良いと思います」



 雑渡さんは何かを堪えるように一瞬顔をしかめて、また力を抜いて、息を吐きながら立ち上がった。



「何も言わずに出てきたから、きっと探している。帰らないと。お茶とお菓子、ごめんね」

「大丈夫です。貞明さんに頂いて貰いますから」

「え」

 僅かにぎょっとした顔の貞明さんに、私は思わず笑う。


「お急ぎでないなら、ゆっくり話をしましょう。何でもない話で構いませんから」

「……」

 貞明さんは私を見て、少し眩しげに目を細めて、それから小さく頷く。
 雑渡さんはそんな私達を見比べてぽりぽりと頬を掻いた。





「どうしよう。私もやっぱりもう少しいようかな」

「お前は帰れ」

「雑渡さんは帰ってください」

「……おじさん泣いちゃうよ?」




 私達は笑う。
 昨日泣いても、明日苦しんでも、今は笑う、笑って良いのだとそう思うことで救われるものは沢山ある。



 そんな風に思える様に生きたい。


 そんな風に思える様に、生かしていける人になりたいと、私は、切に思った。



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