いしゃたま!
□秋茜は飛ぶ、私達は笑う
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※オリジナルキャラあり
その日、保健室を覗いた二人の人物を、私は驚きを半分と予定調和だという納得を半分抱えて見返す。
「……やあ、ちどりちゃん」
昼前だ。
授業や鍛練で保健委員会の皆さんは出払い、新野先生も今は諸用で職員長屋の方にはけている。
「お久しぶりです。お二方」
きっとそれを踏まえて、彼等は来たのだろう。
ドクタケでの一件から既に三日程は経ったその日。
タソガレドキ忍軍忍組頭、雑渡昆奈門さんと、同じくタソガレドキの日ノ村貞明さんを、私は保健室に迎え入れた。
「謝罪と、それから顔を見に来たんだ。色々とすまなかったよ」
これはお土産と、お菓子の入っているんだろう箱を渡される。
雑渡さんの動きは少々ぎこちないように思えた。
毒にやられたらしいというのは、あの日タソガレドキへ向かった数馬達と食満君から聞いている。
それと、あの男をとうとう誅したという事も。
「お気になさらず、とは手放しに言えませんが、一先ずこれでお茶にしましょうか」
「ありがとう」
静かに座る雑渡さんから少し離れる様にして、腰を下ろす日ノ村さんはそれ以上の静けさで、目を外せば其所にいるのかすら曖昧な程だ。
お茶を3つ、葛餅を3つ、それぞればらばらに座る私達の前に置く。
「もう立ち歩いて宜しいんですか?」
「漸くね」
微かに痙攣が見られる雑渡さんの指先はそれでもしっかり湯飲みを握った。
足を崩しても良いですよ、と伝えれば、悪いね、と横座りになる。
湯飲みを持ち上げようとしたが、然し、雑渡さんはそれを再び下ろして、私を見る。
「……一番最初に君を見た時は、心臓が止まる思いだった」
「貞明さんもそう仰っていました」
微かな衣擦れの音が聞こえる。
僅かに身動ぎした貞明さんを雑渡さんは片目に少し映して、私をまた見た。
「でもこうして改めて見るとやはり君はちどりちゃんだ」
あの人ではないんだね。
と、小さく小さく息を吐く様な掠れた声。
「それでも、私は君が、ちどりちゃんが生きていて良かったと思う。言えた口ではないけれど無事で良かった、巻き込んで……本当にすまなかった」
「……雑渡さんたら、そんな真面目なお話ができたんですね」
私を見る隻眼はほんの一瞬きょとんと見開かれ、それから遠慮がちに細められる。
「そうだよ。私、本当は真面目なんだ」
「それこそ、どの口がだな」
貞明さんが漸く口を開いた。
それが少しだけ空気を柔らかくして、私達三人は誰からともなく小さく笑う。
「謝るだけじゃないんだ。あの時、私に会えて良かったと言ってくれて、ありがとう」
真っ青な空の下に立つ雑渡さんの事を思い出した。あの日から二月程しか経っていないんだ。
随分と長い時を共に過ごした様な、不思議な感覚だった。
後付けの錯覚なのだろうけれど、初めて会った日から私はこの二人をとても懐かしく思っていた気がする。
「私も、ちどりちゃんに会えて良かったよ」
何時の間に入っていたのか、秋茜がその細い線のような身体を滑らせるように部屋を飛んでいく、それに合わせるように、それを追うように、貞明さんが静かに立ち上がり、縁側へと向かい腰を下ろした。
秋茜は縁側の縁に暫し留まり、それからまた飛びさっていく。
貞明さんがそれを目で追っていたのが、その後ろ姿から分かった。
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