いしゃたま!

□帰路
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「……えっと、それはつまりどういう事ですか?」

 忍術学園のとある一室、五年ろ組の竹谷八左ヱ門は、愚問と分かっていながらも聞かされたその内容に思わず聞き返す。
 然し、意味の無い問いに思える様なそれは彼の両隣に腰を下ろす同輩、ろ組の不破雷蔵とい組の久々知兵助両名も抱えていたものであり、三者は一様に解せぬといった表情で目前の涼やかな相貌を見返した。

「愚問だな、どういう事も何も、今言った通りの内容だ」

 その、涼やかな相貌を微かに歪めながら六年い組の立花仙蔵はそう切り返した。
 予想通りとは言え、明ら様に機嫌の芳しくないその声と表情に、一学年下の三名は僅かに身動ぎしたのだった。

「俺達もついさっき聞かされてな……全く、学園長先生には驚かされるというかなんというか」

 後輩三名の様子を不憫に思ったのか、珍しくも、立花の同輩たる六年い組の潮江文次郎が取り成すような物言いで苦笑した。

 タソガレドキの内乱の火の粉を被らぬ為の一時的なドクタケとの同盟。
 それは、彼等忍術学園上級生が思っていた以上に複雑な事情が絡んでいたのである。


 先ず、ドクタケ領における深刻な水不足がある。
 内乱に乗じてタソガレドキに仕掛ける事のできる絶好の機会を、戦上手の城主、木野小次郎竹高が見過ごした最大の理由は其所にあった。

 タソガレドキには進軍はしない。然し、他勢力の動きは知っておきたい。
 其処で考えられたのが、忍術学園との一時的な同盟である。
 ドクタケが抱える忍者隊に加えて別方面からの情報も得る事が期待でき、加えて、他勢力への牽制にもなると、木野小次郎竹高は考えたのである。

 そして、その際の質に選んだのは忍術学園の保健医助手、三反田ちどりであったが、これにもまた理由はあった。

 木野小次郎竹高は、同盟が破棄された後も、ちどりを返すつもりなど毛頭無かった。
 『人柄が気に入った』『親族に加えたい』は木野小次郎の心情の一端にしか過ぎない。

 タソガレドキの名高い忍び組頭への質に成りうるちどりを手中に納める事が出来て損は無いだろう、というのが最もな理由である。

 端的に言えば、一石で二鳥を得ようとしたのである。


 それら全てを見越していたのは、忍術学園の長たる大川平次渦正であった。

 見越した上で木野小次郎に賭けを申し付けたのだった。

『三反田ちどりの素性が明かされれなければ、そちらへ彼女を引き渡そう』

 その賭けを木野小次郎は呑んだ。  敗けぬという自信があった事もあるが、大川平次が差し向けた二本の釘により呑まざるを得なかったとも言える。

 ひとつは、水不足で戦を仕掛ける余裕が無いというドクタケの実情を大川平次が知っており、その情報を他勢力に流す事もできるという恫喝(どうかつ)

 またひとつは、ちどりの側にタソガレドキの人間である日ノ村貞明を着けた事により、ドクタケの動向はタソガレドキに通じているという強迫であった。

 あくまで渦中の人物達は『素性は隠し通すべし』と思わせておきながら、学園長、大川平次渦正にはその賭けに勝つ絶対的な確信があったのである。

「……私達上級生が、タソガレドキに使いを寄越す事まで予見されていた様だな。恐ろしい千里眼だ」

「流石は学園長先生だな!」

「……してやられた、様な気にも、なる」

 立花は部屋の隅に座る二人に目を向ける。

 先孝にタソガレドキへ向かった、六年ろ組、中在家長次と七松小平太。
 彼等はつい昨晩、タソガレドキの内乱終息の情報を持ち帰ってきた。

「留三郎もその内、タソガレドキ忍者を連れて帰ってくるだろうな。いさっ君とちどりちゃんも帰って来たらなんか美味いもんでも皆で食いたいな」

 そうあっけらかんと笑う七松に部屋の空気は少しだけ柔らかくなる。

 彼の弁通り、入れ替わりでタソガレドキ領へ入った六年は組の食満留三郎と保健委員会の面々は暫時(ざんじ)帰還するだろう。

彼等の目的はタソガレドキ忍者隊を動かす事にあった。
 有事の際ではあるが、忍組頭の雑渡昆奈門と並々ならぬ縁をもつ二名、ちどりと六年は組の善法寺伊作の危機とあればなんらかの動きを見せてくれるのでは無いかといった期待であった。
 恐らく、その期待は裏切られない。

 部屋に集まる彼等は、ふと、顔を上げ、一様に同じ方角に顔を向けた。

 正門の方が、やにわに騒がしい。

「帰って来たか」

 立花が溜め息を吐き、その真っ直ぐな髪を揺らしながら部屋を後にすれば、他の者達も後に続くのだった。


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