いしゃたま!
□通す筋、笑うは誰そ
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鉢屋君、尾浜君が言った通り、翌日の朝に久里野様に呼び出され、聞けば本城から遣いが来るとの旨であった。
「もう少しこの城に留まっていただきたいのが本意では御座いますが、殿の御下知故、急な話で申し訳ございませぬ」
「いえ……」
私はそれに対してのろのろと頭を下げるだけである。
「ちどりの方様におかれましては城の婢にまでお優しい御気遣いを掛けていただき、城のもの一同は感謝してもしきれませぬ。どうかご息災であらせられませる様」
「此方こそ、世話をお掛けしました」
穏やかな笑みだ。
穏やかであるほど、胸に重苦しいものが溜まっていく。
当然だ騙しているのだから、最初からこうなることなんて予想できていた筈。
「皆さまも、ご息災で……」
返す笑みはきっと引きつっている。
隠すために、私はまた頭を下げた。
そして、昼を待たずして迎えは来て、慌ただしい準備の後、私と伊作君、貞明さんはドクタケ支城を出ることとなった。
貞明さんの方を横目に見たら目が合った、静かな笑みだけが返って来た。
肩の荷が降りたような表情だと思った。
次いで私は、開かれた門の前に待つ迎えに目を向ける。
馬引きのお爺さんと荷物を持つ従者。
護衛の若い侍二人は尾浜君と鉢屋君だろう。鉢屋君はともかく尾浜君の変装もなかなか凄い、まあ、忍のたまごなんだからこれくらいできて当たり前なのかもしれない。
忍のたまごだから、
私のこの罪悪感も理解されないのだろうか、と、隣のいさ子ちゃんもとい伊作君を見る。
「どうされました?」
「いえ」
誤魔化せば、私の顔をじっと見ていた伊作君はふっと苦笑めいた表情を浮かべた。
「少し、心苦しいですね」
小さくそう呟いた伊作君に、私は、目を瞬いた。
なんとも言えない溜め息が出る。
「いさ子ちゃん、私は、」
「あの!!」
背後から声。
走り寄って来たのは女中さん達だ。
「おぬしら、勤めはどうした」
「申し訳ございません!ですが、」
咎める家臣の方達に謝りながらも女中さん達はその場に膝を着いた。
「一言だけでもお礼を申しあげ致したく!」
先頭にいるのは、あの最初に倒れた子のお姉さんだった。
「妹を助けていただき、ありがとうございました!!」
その隣ではすっかり回復した女の子がいて、女中さん達は一斉に頭を下げて、口々に私に礼を述べていく。
私は、また小さく息を吐いた。
「……伊作君」
隣に立つ彼に囁けば、その意図に気付いたのかはっとした表情に変わる。
肩に置かれた手。
笑い返せば、彼の固い表情は暫時弛み深々と息を吐いた。
「……貴女は、本当に、」
そして、囁かれた言葉に私はまた笑う。
苦笑も混じっていたと思う。
(止めても無駄な気がしますから、止めません……僕もきっとそうするとは思います)
そう言って貰えて良かった。
だけど、迷惑を掛ける事に変わらないのだろう。
なのに、それは筋ではないと思う。
どうしても私には正しさの方が尊く思えるのだ。
それが誰かにとっては間違いだとしても、私は、正しさを選びたい。
「顔を上げてください」
女中さん達の前で膝を折り、私は笠を取る。
「私は、医師の見習いとして当然の事をしたまでです」
私の発言の意図が掴めないのだろう怪訝とした表情の女中さん達、そして周りの家臣の方達、久里野様に、私は、そのまま地に手を着き頭を下げた。
「……私は、あなた方を騙しておりました」
私は、私としてこの人達に対峙したい。
一度でも医師としての持てるものを施したのであればなおのこと。
これが、私の正しい筋だった。
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