いしゃたま!

□気になるならば、まず行動
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 からりと戸が開き、顔を覗かせた男は、はて、と首を傾げた。

 あるはずだろう気配も、聞こえてくるだろう元気な声も無く、不審に思えば案の定、部屋には誰もおらず。


 四脚の文机の木目が外からの光を静かに反射した。




 男はゆるりと、視線を巡らせる。


 天井、床下、壁、気配は、無い。


「間違えた、かな?」

 そうぽつりと呟き、頭を掻きながら足を部屋に踏み入れる。

 赤色の上衣に対してその袴は些か派手過ぎな嫌いがあり、それは傾いている、と言うよりも、不調和で惚けた印象であった。

 然しながら、ふざけているかの様な見た目に反して、慎重で滑らかな足さばきで、男は文机のひとつに向かう。

 そこに置かれた一片の書き置きを見て、男は仰け反るように天井を仰ぐ。


「あの子達ってば、もう!」


 大きく嘆息しながら吐いて出た声は、そのまま天井に吸い込まれていった。











 さて、木之小次郎竹高様は本城へと戻られ、此方は最初っから不穏、不安、気にかかる事多数の、ドクタケ支城での生活だけれど、取り合えず不便は今のところはない。

 私を姫と思って、城の守護の九里野様や、城支えの方々が色々と気を遣って下さっているから当然と言えば当然だ。

 でも、それはやっぱり騙しているという事実を私に存分に突きつけるものでもあるし、加えて平民の私にはその扱いに居心地の悪さを感じるのは否めなかった。

 そのどうにも据わりの悪い感じから逃げる様に、また下手をして襤褸が出ない様に、必然的に与えられている部屋に籠ることが多くなる。

 そして、そんな私の様子を『姫様は気が塞いでおられる』と城の人達は解釈し、ますます私に気を遣って……と、悪循環に思えたが、私の側遣えとして来て下さっている貞明さんの「そっとしておいて頂きたい」の一言で、部屋への訪問者は格段に減った。

 貞明さんは、元は御武家様であるだけもあって、違和感無く城に馴染んでいる。
 だけれど、時々遠くを見ている様な、妙な緊張感というのか、張り詰めた空気を微かに何時も纏っている様な気がする。

 彼に色々と聞きたいことや話したいことがあるのに、あまりに馴染み過ぎて九里野様にも気に入られたのか忙しそうで、その機会を逃し続けている。


 そして、もう一人。

 私はその一人を探す為に珍しく部屋の戸を開いた。

 打ち掛けを掻き寄せてのそのそと廊下を歩き出す。

「おや、これはちどりの方様。如何なされましたか?」

 白髪頭のにこやかなお爺さん、城遣えの太吉さんに最初に行き逢った。

「いさ子ちゃんは、何処に?」

「はて、(くりや)の方やもしれませぬな」

「そうですか。ありがとう存じます」

 太吉さんに会釈を返し、廊下を再び進む。

 いさ子ちゃん、もとい、私のもう一人の側遣えとして女中に扮して着いて来てくれている伊作君。
 彼女、じゃない、彼は、私の部屋に寝泊まりする様にと竹高様から仰せつかっている筈なのだが、頑なに此方の部屋では寝ない。

 なんのかんの理由を着けて、他の女中さん達の部屋や何処かしこで寝泊まりしている。私を気にしての事だろうけど、それでバレてしまったらそっちの方が大事なんじゃないだろうか。

 彼も忙しそうで、中々掴まらないのだが、貞明さんよりは話しやすい。
 此方に来ることを納得した手前、色々と首を突っ込むのは駄目だと思いながらも、此方の預かり知らぬ所で物事が進んでいるのはやや納得できないところはあるのだ。

「……ん?」

 そんなこんなでもやもやとしながら御厨へと向かう途中。違和感を感じて立ち止まる。

 なんだろう、彼方の垣根の下。低木の影になっていて分かりにくいけれど、不自然に穴が空いている。

 目をすがめて、それをじっと見ていたら、

「っ!」

 ひょこりと見覚えのある子どもの顔がその穴から飛び出てきた。

 きょろきょろと辺りを見回しているがはたと動きを止めた。
 色眼鏡を着けているが、反応からして、私と目が合ったのだろう。「あ」と言いたげにその口が微かに開くのを見た私はそっと近づき低木の繁る葉から覗き込むようにしてその子に声を掛ける。

「しぶ鬼君?」

 こくりと頷きが帰って来た。

「ちょっと、しぶ鬼、どうしたの?」

「誰かに見つかった?」

 彼の背後の穴からひそひそと話し声。

「違うよ、ちどりさんがいた」

 しぶ鬼君がこそっとした声で答えを返せば、穴からは、えっ、と驚いた様な声が聞こえてきて、

「あらま。山ぶ鬼ちゃん、ふぶ鬼君に、いぶ鬼君も。これは、」

 私も釣られてひそひそと、穴から出てきた四人の子ども達に話し掛ける。
辺りを見渡す。
 人通りが無いのを確認した私は低木の向こう側に身を隠した。

「本当だ、ちどりさんだ」

「いったい、何事なの?」

 四人はほっと表情を緩めて顔を見合わせているのだった。

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