いしゃたま!

□されどこの世に止まぬ雨は無し
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 運の良いことに雨は少し弱まってきた。

 良かった。この調子なら直ぐに産婆も呼べそうだ。



 私は鍋に火をかけながら、少し胸を撫で下ろしたその矢先、










「ちょっ、ああああああ!不味い不味い不味い不味いっ!!!ちどりさんんんん!!」

 すっとんきょうな声と共に裏口から善法寺君が転がり込んで来た。

「ど、どうしました!?」

 善法寺君はおたおたと手を振り回しながら酷く狼狽えている。

「あの、あれです!水が!!水!!」

「あら、あー……えっと、まあ、落ち着いて下さい」

 何と無く言いたいことは分かった。

「今直ぐに産まれては来ないと思いますけども、座敷の畳を上げましょうか。鍋の火を見てて下さい。後、店仕舞いに戸を立てて置いて下さい」

「は、はい!」

 運が良いとか思ったせいだろうか。やはり私が取り上げるしかなさそうだ。

 座敷に足を踏み込めば、真っ青な顔をした店主さんを宥めている奥さんがいて、思わず苦笑する。
 最初は驚いたが、私も奥さんも意外な事に落ち着いている。

 さっきの善法寺君と私が入れ替わったみたいだ、と思いながら、店主さんに声を掛けた。

「床に汚してもいい布団を敷いてください。それと帯を何本かお借りできますか」

「帯、なら、そこの行李に」

 奥さんが指差す先にある行李から数本の帯を取り出し、寄り合わせて天井に吊るす。
 その下に布団を敷いてもらえば奥さんはその上に移動した。

「今からどうするかは、分かりますか?」

 奥さんはこっくりと頷く。
 自身は初産ではあろうと、他の方の手伝いはしたことがあるそうだ。

 痛みに顔をしかめながらも、奥さんは微笑んだ。頼もしい事だ。

「じゃあ、私が支えますので、頑張りましょう」

 私もそれに笑い返すことができたのだった。




















「いやあ、良かったねえ。生き運が強いってのはこの事を言うんだよあんた!!」

 半刻程後、私と奥さんの前には、呆然とした顔の照星さんと、善法寺君と、半泣きの店主さんと、そして、照星さんの隣には近くの村の産婆さんが座っている。

 奥さんの腕には産湯も乳も済まし、しっかりと抱かれて眠っているややがいた。

「この不気味な兄さんが青い顔でやってきた時はおったまげたよ」

 産婆さんは照星さんの肩をばしばしと叩いてげらげらと笑った。
 さっきから照星さん、瞬きしてない気がするんだけど……。

「さて、嬢ちゃん。ありがとうよ。後はあたしに任せてちょっと休憩して来な。あんたはさっさとえなを埋めて来なよ」

「へ、へい!」

 ごしごしと目元を拭って店主さんは飛び出していった。

「では、お願いしまっ!?」

「ちどりさんっ!!」

 がくんと足が崩れた。
 ばっと善法寺君が来て私を支える。

 あらら、今更の様に足が震えだしてる。

「……失礼します」

「ちょっ!」

 そのまま私はひょいっと横抱きにされてしまった。

「おやおや」

 産婆さんと奥さんがそれを見て微笑むのに顔が赤くなる。

「じゃ、お若い兄さん、よろしく。不気味な顔の兄さんはあたしを手伝っとくれ」

「え」

 産婆さんにがしりと肩を掴まれた照星さんが善法寺君の肩越しに見えた。

 何だか良く分からないけど物凄く申し訳無い気分になりながら、それでも有無を言わさずな雰囲気と共に私は善法寺君に連れられていった。


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