いしゃたま!

□近付く影は其処にあるのか
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 西の空に茜が差し出す頃、忍術学園六年長屋の一室にて、六年い組の立花仙蔵は、勢い良く開いた戸の入り口の前に立つ人物とその人物が抱えているものに、切れ長なその眼を見開いて呆れた表情を浮かべた。


「小平太……と、伊作か?」

「おう、腹減った!!」

 泥に汚れた顔で笑う六年ろ組の七松小平太は、その全身も汚れていない場所を探すのが困難な程であった。

 彼の小脇に抱えられている、まるで百戦の死地を乗り越えて来たがごときの襤褸襤褸(ぼろぼろ)っぷりの、六年は組の善法寺伊作は、七松の腕から床にひょいと放られる。

「じゃ、私、顔洗ってくるから!!」

 そう言って七松はぱっと踵を返し、どどど、と、走り去っていった。


「小平太と鍛練でもしてきのか?」

 立花と同級である潮江文次郎は、床に転がった善法寺を気遣わしげに覗き込む。
 彼は彼で、つい先日まで山に籠り鍛練に明け暮れていた為、中々の修羅を思わせる雰囲気を有していた。

「また、無茶をしたものだ。実習明けの直後だというのに態々あの体力の化物と一緒に鍛練など、随分と消耗しているではないか」

 立花は部屋の奥から薬箱を取り出す。

「……大丈夫、大した怪我はしていないよ」

 よろよろと起き上がりながら掠れた声でそう言う善法寺に潮江はうんうんと満足気な表情を浮かべる。

「実習明けであろうが、どんな相手であろうが、鍛練を怠らない。お前も漸く忍らしい根性が身に付いて来たじゃねえか!!」

「あっ、いたたっ!ちょっ、文次郎、肩は止めて!!」

 ばんばんと肩を力強く叩く潮江の腕に悶絶して転がる善法寺であった。

「そ、それに、これはそんな誉められた様なものじゃな、いっ!?」

 立花は有無を言わさず善法寺が痛がった右肩を確かめるべく上衣を脱がす。

「やはり痛めていたのではないか。根性は認めるが無理は更に大きな怪我を招くぞ」

「だ、大丈夫だよ!此れくらい!!」

「ほう。ではお前以外の誰かがこの様な怪我をしていた場合も、大したことはないと言うのか。保健委員会委員長」

「……う、うう」

 ぐうの音も出ない様子の善法寺に構わず立花はてきぱきと肩の治療を進める。

「何かあったのか?只の鍛練という訳ではなさそうだ」

「……小平太に喝を入れて貰っていた」

「喝……?なんじゃそりゃ?」

 潮江と立花が顔を見合わせるその間で暗く沈んだ表情の善法寺は、ふっ、と目を伏せる。


「自分の心の制御すら上手くできないなんて……やっぱり僕は向いていないみたいだ」

「伊作。いったい、」

「おい!伊作!!小平太と鍛練したって聞いたが無事か!?」

 潮江の問い掛けを遮り、部屋に転がり込んで来たのは善法寺と同級同室の輩である食満留三郎。

「阿呆留!!俺の話してくるところに被ってくんじゃねえ!!!」

「んなもん知るか馬鹿もんじ!!怪我は無いか!?」

「だ、大丈夫……」

「お前は少々過保護だ。留三郎」

 まあ、人の事は言えぬが、と、善法寺の治療を終え、上衣を着せながら立花は溜め息を吐いた。

「お前、今日の夕食当番だろう。釜戸はどうしたのだ?」

「小平太に任せてきた」

「バカタレが!!小平太一人に任せといて無事に夕飯が出来上がる訳ねえだろ!!!」

「あっれえ、品の多少は選らばじなんじゃございませんの!!?万年ギンギン男さんんんん!?」

「そう言うお前は減らず口が多過ぎじゃございません!?アヒル野郎が!!!」

「止さないかお前た、」

「大変だ!!長次が帰って来た!!!」

 立花の制止を遮り、釜戸を任されている筈の七松が再び戻ってきた。

「小平太、留三郎、文次郎!お前達は最高学年としてもっと落ち着きを……長次!」

 七松に連れられて廊下から部屋に入った、六年ろ組の中在家長次は、その左腕を布で吊っている。

「長次、見せてくれ!」

 善法寺が空かさず駆け寄り、中在家の腕の布と包帯を外す。

「……応急の、処置はした」

「っ、酷い火傷じゃないか!傷を焼き塞いだんだな」

 中在家はこくりと頷き、部屋に揃った同輩達を見回した。






「実習先で……気になることを、耳にした」

「気になることだと?」

「タソガレドキに、戦が近い、らしい」

「なんだ、そんな事、」

 食満は呆れた様に眉を動かす。

「城主の黄昏甚兵衛は戦好きで有名だろう。珍しくもない話だ」

 中在家は緩く首を横に降った。

「…………戦は、戦でも、内乱だ」

「内乱、」

「家臣数名と……タソガレドキ忍軍から、謀反が出る、らしい」

 中在家のその静かな弁に、六年生五名に動揺が走る。

「何だって!?」

「出る、とは此れから起きるという事なのか!?」

「その事は、あの組頭は知っているのか?」

「……ご存知では無いと、思う」

 六年生達は皆、顔を見合わせる。
 思うことは各々であったが、感情は一致しているであろう事はその緊迫と不安を孕む目許を見れば明らかであった。

「長次、学園長先生はこの事は、」

「……進展の次第で、今後大きく、勢力が変わるであろう、と仰られた」

「つまり様子を見ろ、と?」

 重々しく中在家は頷く。
 謀反の情報が外部に広まっているのならば、それを元に各地が動き出すであろう事は容易に予見できた。

 妥当な判断だ、と潮江はふう、と息を吐く。

「タソガレドキはドクタケ、ドクササコと並んでこの一帯の大大名だ。伊作との繋がりで懇意にはしていたが、此処で下手を打てば俺達も巻き込まれる可能性がある」

「……佐武が、既に此方に着いて牽制をして下さっているそうだ」

 今日は喋り過ぎた、と、中在家は引き釣りを感じ出した頬の傷を擦る。

「この事は、上級生以下には下ろさぬ様に、とも」

 沈黙が流れる。
 無常の世を憂う者。
 今後の動向を思案する者。
 強大な動きを前に武者震いする者。
 見知った者達を思い心を痛める者。












 最初に沈黙を破ったのはすっとんきょうな叫び声だった。


「ああああああああっ!?」

「どっ、どうした小平太!!?」

 重大な何かに気付いたのか、と六年生達に緊迫が走る。












「釜戸!!」

「「「ああああっ!?」」」

 六年生六人は一斉に飯炊き場へと走り出す。

 そして、この諸々の一件により、何処と無く様子のおかしい善法寺については彼等の中で一旦流されてしまったのである。



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