いしゃたま!

□波が乱れると書いて
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 新学期直前に学園に登校してきた三年は組の三反田数馬先輩は、俺達の話を聞いた後、ゆらりと部屋の(三反田先輩の部屋に皆集まっていた)奥の物入れから、薬入れを二つ取り出した。


「急に物凄い下痢に襲われるかそれとも爆睡させてその隙に木に吊し上げるかどちらが良いと思う?」

「数馬先輩!!?」

「というのは冗談で、」

「「「だあっ!!!」」」

 冗談かよ!!
 一瞬凄い怖い笑顔だったから俺も流石に身構えてしまったじゃないか!

 でも、俺としてはもし本当なら、それぐらいやったってバチは当たらないと思ってるんだけどな……。


「それを見たのは、きり丸なんだよな?」

「ん、はい!」

 三反田先輩が俺を見てそう言ったので、俺も慌てて起き上がって先輩に向き直る。

「ちどり姉さんの様子はどうだった?」

「何時も通りでした。別に構わない、って笑ってました」

「うん。まあ、姉さんらしいや」

 三反田先輩はほいっと軽く横に薬入れを放り投げて、苦笑いする。

「僕も、乱太郎が言う何かの間違いじゃないかって意見には賛成だ、」

「でも!!」

 反論しようとする俺を三反田先輩の手が柔らかく制する。

「そう、でも今、ちどり姉さんが多少なりとも傷付いて無理をしているという状況は見過ごせない」

 俺の頭を撫でる、三反田先輩のその手の感じは、

「ありがとうきり丸。君がその時姉さんの側にいてくれて良かった」

 ちどりさんにとても良く似ていた。

 やっぱり姉弟なんだなあ、例え、血が繋がってなくても、それにほんの僅かに胸の真ん中辺りがちくりとする気がした。

 らしくないや、俺。

「頃合いを見て、僕が然り気無く姉さんと伊作先輩のそれぞれから事情を聞いてみるよ。だから、あまり大袈裟にしないであげてくれないかな?姉さんは周りに心配かけるのが一番嫌いな人だから」

「数馬先輩……分かりました」

 乱太郎が重々しく頷いた。

「そうですね。あまり周りが騒ぎ立てるのも無粋だと聞いたことがありますし……あ」

 庄左ヱ門の表情がびしりと固まる。うん、俺もちょっと思い出してしまった。

「どうした。庄左ヱ門?」

「すみません……僕達、七松先輩には既にこの件について話してしまっています」

「あっ!そうだった!!」

「どうしよおおお!」

 そう、言っちゃあ失礼だが一番騒ぎ立てそうな人に知られてしまっているんだよなあ。

「そ、そうなんだ……。七松先輩はなんて? 」

 三反田先輩の顔もちょっと引き釣っている。

「自分はこういった話は不得手だから立花先輩と中在家先輩に相談すると仰っています」

「そうか……まあ、六年生の先輩方は主に伊作先輩に興味が向かうだろうし、何にしろ僕は姉さんを出来るだけ気に掛けておくよ」

「じゃあ、僕達も」

「うん、然り気無くな」

「「「はい!!」」」

 声を揃えて返事をして、俺達は三反田先輩の部屋を出た。

「三反田先輩に相談できて良かったねえ」

「やっぱり二年も上の先輩だと頼もしいし、ちどりさんの事を良く御存知だし、」

「安心したら僕お腹空いちゃったあ」

「全く、しんべヱってば……」

 廊下を談笑しながら、それでも俺は一人、思う。


 もし、もし、本当に善法寺先輩がもう駄目だったら、

 俺の頭に、ある人がぽんと浮かんだ。


「やっぱり俺、らしくないなあ」

「ん?きりちゃん、どうしたの?」

「いや、此方の話」

 俺は逞しい奴だ。
 こんな感傷的な感じは俺らしくない、らしくないけど。


 悪くないな、って思ってしまうのもまた事実だったりするんだ。















 新学期ももう目の前、続々と生徒達が戻りつつある忍術学園の片隅で、今、戦々恐々としている一角があった。

「さっき一年は組の奴等と遊んでいたんだが、身体を動かし足らなくてな」

 そうにかりと大らかな笑顔を見せるのは六年ろ組の七松小平太。
 朗らかな笑顔であるのに、その口から覗く白い歯は何故か獣のそれを思わせる。

「は、はあ……」

 その七松に対し、引き釣った表情で答えるのは瑠璃色の制服達、五年生の五人組はどうにか七松を刺激しないよう、銘々、笑顔めいた表情を浮かべながらじりじりと彼から間合いを取る。

 七松はそれに気付いているのかいないのか空いた間合いの分までまたずいと近づく。
 丸みのある眼がぎらぎらと光る様に、五年生の一人であるろ組の竹谷八左ヱ門などは既に半泣きの形相であった。

 相手は六年生とはいえ、こちらは五人、そしてこの開けた場所なら如何様にも逃げ場はある。
 なのに、何故こうも目の前のたった一人に追い詰められた様な感覚に襲われるのか。と、五年ろ組の学級委員長にして実力は六年も凌ぐと言われている鉢屋三郎は、恐怖で震える己の足に気付いて戦慄する。


「だから、お前達、遊んでやるぞ!」

「わ、わあーい……」

(どうする!?どうすれば良い!!?)

 五年取り決めの矢羽を飛ばすのは、い組学級委員長、尾浜勘右衛門。

 返事は戻らない。

 沈黙に尾浜は更に焦燥する。

(おい!誰か答えろよ!!)

「なに、矢羽を飛ばしてるんだ尾浜?」

「おぶあっ!!?」

 がしりと回される力強い腕。

「せっかく遊びに来たのに、私を仲間外れにするなよ!」

 これは先程、一年は組の十一名とも交わしたやり取りであったが、体力体格共に出来上がっている一歳下に対して七松は一切の力加減はなかった。

「ぐえ、し、絞まってます!絞まってますって!!」

 首もとにある腕の力に尾浜は青ざめる。

(か、勘ちゃん今助け、)

「るううっ!!?」

「兵助えええっ!!!」

「なんだ、鳥の子か」

 懐に手を入れたい組の久々知兵助にほぼ反射的に繰り出された七松の横蹴り、吹っ飛んだ彼の手から転げ落ちたのは小さな卵形の催涙弾であった。

「そうか!忍者ごっこか!!!」

 ぱあっと明るくなる七松の顔に対して、蒼白になる彼等である。

「い、い組が殺られた……だと!?」

 竹谷は最早、絶望に膝を折りそうになっている。

「勝手に殺すな!」

「まだ生きてるぞ、辛うじて……、」

 七松の腕の中で叫ぶ尾浜と、生まれたての小鹿の様に震えながら立ち上がった久々知を、七松はきょとんと見比べている。

「何の遊びだ?」

 七松に悪気はないのである。
 ないからこそ非常に達が悪い。


「ど、どうしよう、三郎……」

 おろおろと目をさ迷わせるろ組の不破雷蔵に対して、鉢屋は彼に借りた顔でどうにか格好をつけて笑うのだった。

「大丈夫だ雷蔵。私がなんとかする」

 鉢屋はずいっと七松に近づく。

「七松先輩、鬼ごっこにしましょう」

(良いかお前ら。散々に逃げるんだ。そうすればハチ以外は暫くは助かる!)

(おい!何で俺が真っ先に狙われる前提なんだよ!!)

(おい、三郎、俺の膝の状態見てそれ言うか……?まだ震えが止まらないんだぞ)

 鉢屋の矢羽に弱冠名の苦言が上がったが、七松の方は、にかっと笑って尾浜を離した。

「では、私が鬼だな!!」

「はい、十数えて下さい」

(覚悟を決めろ!誰が狙われても恨みっこなし!!)

(骨は拾ってやるぞ、ハチ)

(だから、何で俺が犠牲者前提!?)

「よおし!!じゅきゅはちななろ「早い早い早い!?」……ん?」

「「「え?」」」

 凡そ理不尽な早さで数を読み上げ出す七松にとにもかくにも逃げようとした五年生達であったが、ふと、動きを止めた七松に、一同思わず足を止めて振り返る。




「悪い、お前達。遊ぶのは後だ!」

 ぱっと踵を返してだだだと走り出す七松であった。
 五年生は皆、ぽかんと口を開けて呆けた表情、棒立ちにただそれを見送った。



「た、助かった……!」

 どしゃりと膝から崩れ落ちる竹谷。

「いきなりどうされたんだ?」

 未だ息苦しい気がする喉元を擦りながら尾浜は首を傾げる。

「あっちは食堂だな」

「慌てていらっしゃる様子だったね」

 久々知は漸く震えの止まった足を擦りながら怪訝な顔。
 不破も同様の表情で頬を掻く。

「……行ってみるか」

 鉢屋のその言葉に皆、誰彼ともなく頷き、走り出した。






 食堂の裏手付近にて、七松の獅子を思わせる髪の後ろ姿が見えた。そしてその手前に、七松の背に庇われるようにして立つ若い女の何処か頼り無げな姿に、不破は思わず声を上げる。

「ちどりさん?」

 三年生の三反田数馬の姉であり、学園の保健医助手である彼女は駆け付けた五年生の面々を振り返る。

 戸惑っている様な、怯えている様な複雑な表情。


「おう、五年生。ちょっとちどりちゃんを連れて行ってくれるか?」

 七松は振り返って笑う。
 その向こう側に固い表情を浮かべた六年は組、善法寺伊作がいた。

「私はこいつに用事があるから、鬼ごっこはまた今度な!」

 笑顔でありながら有無を言わせぬ雰囲気と、不破が空かさずちどりの手を引いて歩き出したので、残りの四人も何も言えず不破に続くのだった。





「おい、ちどり。何時まで私の雷蔵と手を繋いでいるんだ」

「三郎。僕が勝手に繋いでいるだけだから」

 食堂が見えなくなった辺りで漸く口を開いたのは鉢屋である。

「ごめんなさい。もう大丈夫ですよ」

 不破の手を離して強張った笑みを浮かべるちどりに、五人は顔を見合わせる。

「何かあったんですか?」

「痴話喧嘩か?」

「こら、三郎!」

「……何でもないのよ。でも助かりました。ありがとう」

 そう早口に言って、足早にその場を立ち去るちどりだった。




「……どうする雷蔵」

「どうするってなんだよ、ハチ」

 ちどりの背中が見えなくなった頃、竹谷の発言に困った様に眉を潜める不破。
 そして、尾浜はそんな不破の肩に手を回す。

「あれはどう見ても二人の仲に不穏な影、だな。雷蔵、これは好機と見て良いんじゃないか?」

「好機って……、」

「おい、お前ら。雷蔵に変な事を吹き込むな!」

 鉢屋は尾浜から引き剥がすように不破の腕を引いた。

「……でも、本当に何があったんだろうな」

 ちどりの行った先を見ながら目を細める久々知に、五年生の面々は皆、暫し思案に更けるのだった。




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