いしゃたま!

□勃発、一年は組緊急会議
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 夏の終わりを象徴するかの様につくつく法師が鳴いている。

 そんな中で、忍術学園一年長屋をでけでけと煩く掛ける足音。

「庄左ヱ門っ!いるかあ!?」

 ずぱんと勢い良く戸を開けた、その喧しい足音の主に、一年は組学級委員長の黒木庄左ヱ門は、その利発な丸い目をくりっと向ける。

「きり丸。僕達忍たまなんだから、そんなでけでけと廊下を走っちゃ駄目だよ」

「何かあったの?そんなに慌てて……というか怒って?」

 戸の前で肩を怒らせている同級生、摂津きり丸に冷静に注意する庄左ヱ門の隣で、同室の二郭伊助が首を傾げる。

「女装しているって事は、今日町で魚を売ってきたんだね。そこで何かあったってことかな?」

「………本当に庄ちゃんてば、相変わらず冷静ね」

 きり丸はそう、ふう、と溜め息を吐いて部屋に足を踏み入れる。

「そんな冷静な庄左ヱ門に相談があんだよ。因みにさっきの予想は大当たりだぜ」

「分かった。学級委員長として、しっかり聞くね」

 頼もしい笑みを浮かべる庄左ヱ門。

「僕も聞いていいのかな?」

 対して、少し遠慮がちにしかし優しく微笑む伊助。

「うん。伊助もいてくれ」

 きり丸はそんな二人に頷いて、今日、町で遭遇した事件について、語り出した。




「……って事なんだけど、どう思う?」

「……………………」

 庄左ヱ門は言葉通り、きり丸の話を真剣に聞いた。聞いた結果。

「……よし。分かったよ」

 (おもむろ)に立ち上がり、高らかに宣言する。

「は組の皆を呼ぼう!!」

「だあっ!」

 そのは組の頭脳たる知性から素晴らしい考えが出ることを期待していたきり丸は思わずずっこけた。

「僕達三人だけじゃ、この問題は大きすぎるよ。それに、善法寺先輩関連なら乱太郎がいてくれた方が良いでしょう」

 しかし、庄左ヱ門はそんなきり丸に構わずさっさと廊下を出て、他の同級達に召集を掛けに行くのであった。












「「「ほげげぇー!?」」」

 そして、約四半刻後、庄左ヱ門と伊助の部屋に響き渡る驚愕の声。

「あ、あの善法寺伊作先輩が!?」

「町で綺麗なお姉さんと、」

「腕を組んで歩いていただあ!!?」

「本当なのそれ!?」

「ちどりさんが、それを目撃しちゃったって!?」

「ちどりさんはどうなっちゃうの?」

「善法寺先輩はちどりさんを好きなんじゃなかったの!?」


 口々にきり丸からもたらされた事件について感想を述べる一年は組の子供達。

「人違いじゃない。俺は確かに見たんだ」

 腕を組み、ふんすと息巻くきり丸。

「ちどりさんが、可哀想だよお……」

「本当。大丈夫かなあ。ちどりさん」

 しょぼんと眉を下げる山村喜三太と福富しんべヱ。

「善法寺先輩も酷いなあ。皆の前でちどりさんの事が好きだって言ってた癖に」

 佐武虎若は眉をぐっとしかめる。

「ああ!こういうのを男の米神には桶が無いって言うんだぜ!!」

 加藤団蔵もぷりぷりと怒っている。

「それを言うなら男の風上にも置けない、だよ団蔵。どうする?立花先輩にお説教して貰おうか?」

 笹山兵太夫が団蔵に突っ込みを入れつつもその形の良い眉をきりりと釣り上げ、

「それ良いね兵ちゃん。女性を泣かすのは男の恥だってうちの父さんが言ってたよ」

 夢前三治郎は微笑みながらそう言った。

「だろ!皆もそう思うよなあ!!ちどりさんは、自分は気にしてないから大丈夫だって言ってたけど、やっぱりこのままにはできねえよ!」

 きり丸は友人達が発する遺憾の言葉にうんうんと頷く。


「あ、あの……、」

 しかしその時、おずおず話し出す者が一人。

「何かの間違いじゃないのかなあ?」

 渦中の人物、六年は組の善法寺伊作の委員会での直属の後輩であり、また、保健医助手である三反田ちどりにも関わりの深い猪名寺乱太郎である。

「私、伊作先輩はそんな事する人じゃないと思う」

 きり丸は、その発言に僅かにむっとしたものを顔に浮かべる。

「何だよ。乱太郎は俺とちどりさんが勘違いしたって言うのかよ」

「それは、分からないけど、でも、伊作先輩は本当にちどりさんと仲良しだし、大好きなんだってのは近くで見てきた私には良く分かるから、それに伊作先輩はお優しい方だし、不運だけど……、だから、えっと、」

 元より優しい性格の彼はしどもどとしながらも、自身の敬愛する先輩を庇おうとうにゃうにゃと言葉を探す。

「でも、そのまさかって事があるかもしれないだろ?俺はもう、伊作先輩にはちどりさんを任せられないと思う」

「そっ、そんなのきりちゃんが決めることじゃないでしょ!」

「乱太郎はその時のちどりさんを見てないからそんな事言えるんだ!」

 きり丸はきっと目に鋭さを込める。

 あんな風に無理して何でもないよって笑う顔なんてもう見たくない。
 ましてや、彼女は保健医助手、此れからも否が応でも善法寺とは関わることになる。
 彼女の心中を思えば、きり丸はどうしても善法寺の行為を許す訳にはいかないと、そう思っていた。

「でも、きり丸。僕も乱太郎の意見には賛成だよ。伊作先輩は皆の前で思いを伝えてるんだ。それを裏切る様な方じゃないと思う」

「うん。僕もそう思う。僕達はそれを実際に見た訳じゃないから何とも言えないけど、伊作先輩ははそんな酷い人じゃないよ」

 伊助と、皆本金吾が乱太郎、きり丸の間に入り宥める。

「そりゃあ……そりゃあ、俺だって信じたくないよ。でも、見ちまったんだからしかたねえじゃん…………」

「きりちゃん……」

「ごめん。乱太郎。俺も善法寺先輩の事は悪く言いたくないよ。でも……」

 そうして、車座になった子供達の間に重い空気が流れる。



「……仮に浮気だったとして」

 その時、庄左ヱ門が真剣な面持ちで、口を開いたので、十人の視線が一斉に彼に集まる。

「そんな人目の着く所でそういう事をするのかな?」

「どういうこと?庄左ヱ門」

「善法寺先輩がちどりさんを好きな事は学園中が知っている話だよね?」

 十人はこくこくと頷く。

「知らないのは、小松田さんくらいじゃないかなあ?」

「ああ、あり得るねえ」

「後、安藤先生も絶対知らないよ!」

「いやいや、ちょっと前に安藤先生が伊作先輩に嫌味を言ってたよ」

「え?どんな嫌味?」

「えー、善法寺君。あなたは恋をするより、池で鯉を釣ると良いでしょう。ついでに軽く泳いで頭を冷やせば忍の三禁も思い出せるでしょうねえ……って」

「あはは!乱太郎、すっごいそっくり!!」

 笑いだす子供達の間に、大きな咳払いが響いた。

「…話を続けても良いかな?」

「「「どーぞ、どーぞー!」」」

 庄左ヱ門独特の威圧に対しても、笑顔でけろっと促す所もある意味この学級のお約束といえる。

「きり丸がバイトしてる町は、学園の生徒も良く出入りしてるでしょ。つまり、誰に見られるか分かったもんじゃない。そんな場所で堂々とそんな事をするのは不自然だと思うんだ」

「「「おおー!!」」」

「流石庄ちゃん!!」

「よっ!僕らの知将!!!」

「ってのが、僕の意見だけど、きり丸はどう思う」

「う、うーん……」

 きり丸は首を捻って難しい顔をしている。

「確かに庄左ヱ門が言ってることは分かるぜ?…でも、やっぱり不安」

「うん。実際に見たきり丸がそう言うんだったら何か考えよう。さっき兵太夫が言っていた立花先輩に相談は良い考えじゃないかな?六年生の先輩方の方が善法寺先輩の事については詳しいし」

 庄左ヱ門がにこりと笑って道を示せば、皆も安心して其処を目指す。
 頼りすぎは良くないけどやっぱり庄左ヱ門は凄い、と彼と最も親しいと自負している伊助は誇らしい気持ちに笑みを浮かべた。


「兵ちゃん、立花先輩は今学園にいるの?」

 三治郎の問いに兵太夫は困ったように眉を下げる。

「んー……実は今、課題で出ておられるんだよね」

「あららー。他に学園におられる先輩はいる?」

 三治郎が皆に問い掛ければ、ぱっと四本の手が上がる。

「潮江先輩なら裏山辺りに込もって鍛練中だよ」

 と、団蔵。

「七松先輩が先日帰ってこられて今も学園で塹壕堀りしてるみたい」

 と金吾。

「食満先輩は少し前からいるよお」

「用具倉庫の整理は僕達お手伝いしてるもんねえ」

 としんべヱ、喜三太。

「なるほどね、中在家先輩は?」

 庄左ヱ門の問いにきり丸が首を横に振る。

「先輩に出た課題は長く掛かるらしい」

「そうか。……という訳なんだけど、誰に相談する?」

 十一人は顔を見合わせる。


「何だか、私達、全員同じ事を考えてる気がする」

「うん、俺もそう思う」

「じゃあ、せえので皆で言おうよぉ。伊助、せえのって言ってくれる?」

「分かった。……せえのっ!」












「「「食満先輩に相談しよう!!!」」」


 十一人の声が綺麗に揃った瞬間、部屋の戸がずばばんと凄まじい勢いで開く。


「呼んだか?」

「「「呼んでません!」」」

 部屋の入り口に立つ、六年ろ組の七松小平太に、また十一人の声が綺麗に揃うのだった。


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