いしゃたま!

□海から帰れば波乱の予感?
2ページ/2ページ


「アルバイト……?」

 その翌翌日だ。

 きり丸君が保健室にやって来て、言い出した言葉に私は呆けた顔になる。

「はい。今から町にあの干物を売りに行くんすけど、ちどりさんが手伝ってくれたら嬉しいなあって」

「え?頼ってもらえるのはやぶさかではないですけど、何故、私?」

「中在家先輩も潮江先輩も七松先輩も忙しそうですし、」

「ほう。」

 なるほどね、何時もはその三人に手伝って貰ってるのか。

「女の人だと良く売れるし、ちどりさんは御実家が草座だから商いは慣れてるかなって……駄目っすか?」

 うーん、だから、その上目使いには弱いんだよなあ。

「行ってあげてください、ちどりさん」

 新野先生が優しく笑いながらそう言って下さった。
 先生はつい先日、休みを終えられ、学園に戻ってきたばかりだ。

「宜しいのでしょうか?」

「ええ、ちょうど町で買ってきて欲しいものもありますし、御使いを頼んでも良いですか?」

「はい、勿論」

「やった!ありがとうございます!!じゃあ、正門で待ってますね!」

 きり丸君は弾け飛ぶように保健室を飛び出していった。

「元気ですねえ」

「はい、本当に」

 私と新野先生は顔を見合わせて笑ったのだった。












「いやあ。売れた売れたあ、あひゃひゃひゃひゃ!」

「ふふ、良かったね」

 干物は本当にあっという間に売り捌けた。

 流石はきり丸君と言うべきか、いやそれもそれだが気になるのは、

「きり丸く、じゃなくて、きり子ちゃん。何時もその格好で売ってるの?」

「何時もじゃないですけど、この格好のが良く売れるんですぅ」

 そう、可愛い笑顔で首を傾げる女の子。
 きり丸君はまさかの女装だった。

「そ、そうなんだ」

 本当にたくましいというかなんというか。

「今日はちどりさんもいたから凄く良く売れましたあ、やっぱ、美人は違いますねえ」

「あら、お上手なお嬢さんね。何も出ないわよって言いたいところですが、」

「へ?」

「饂飩かお団子どっちが良いかしら?」

「えっ!良いんですか!?」

 意味が分かったんだろう、きり丸君はぱあっと顔を輝かせる。

「ええ、御馳走するわ。私は新野先生の買い物を済ましてくるから、良いお店を探しておいて下さい」

「わあい!ありがとうございます!!」

 嬉しそうに駆け出していくきり丸君に顔が緩む。

「可愛い妹さんですねえ」

 通りすがりの人が、にこにことそう声をかけてきた。

「ええ、ありがとうございます」

 なるほど、妹というのも悪くはないなあ。と、にやける顔を押さえながら私は薬種屋に向かって歩き出した。

「えーと、遠志(おんじ)と、桂心(けいしん)人参(にんじん)……」

 薬種屋で新野先生が書き留めて下さった物を買っていく。

 しかし、これ、三の字屋でも扱ってる奴が多いなあ。
 うちから学園に売れば良いのに、父様はその辺は変に真面目というか下手というか……。

 今度、学園長先生に持ち掛けてみようか、と思いながら会計を済まして、さて、きり丸君は何処かな、と思った私の足はそこで棒立ちになる。




「え……」

 思わず出た声はなんだか間抜けで、少し遠く聞こえる。







 え、だって、あれ、彼は……






「ちどりさあん、あっちに美味しそうな饂飩屋が……ってどうしました」

 きり丸君が駆け寄ってきて、私を見上げる気配がする。

「ん、えっ?」

 きり丸君からも驚いた声。ぎゅっと私の手を、小さな彼の手が掴んだ。







 私達の視線の先に、












 善法寺君が女の人と腕を組んで歩き去る後ろ姿が見えた。





.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ