いしゃたま!

□海から帰れば波乱の予感?
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 空の青さが薄くなり、もうその内に茜が差し出すだろう頃。

「「「今日はありがとうございましたー!!」」」

 まだ半乾きの髪を揺らして十一人の子ども達が頭を下げた。
 皆、心無しか更に日焼けしたように見える。

「また、何時でも来てくれ!」

 そう大らかな笑みを浮かべる第三協栄丸さんの後ろから、水夫の方に引かれて篭が乗った荷台が転がってきた。

「うちでとれた魚だ。持って帰って皆で食べると良い」

「やったあああ!」

「ありがとうございます!」

「町で売ったらいくらびっ!!」

「もうきりちゃん……、」

 子ども達はお礼を言いながら荷台を受けとる。
 約一名は土井先生に軽く拳骨を落とされていたけど。

「ちどりちゃん」

「あ、網問さん」

 はしゃぐ子ども達が可愛くて微笑ましく見ていたら、ふ、と名前を呼ぶ声に我に返る。

「ちどりちゃんも、絶対、また来てね!」

 相変わらず近いが、ちょっと慣れてしまった気がする。

「え、ええ。機会があれ、ば」

「絶対だよ!絶対!!」

 そう私の手をぎゅっと握る網問さんは失礼ながら仔犬の様に見えて、思わず苦笑してしまう。

「私もまたお会いしたいです」

 そんな網問さんをべりっと引き剥がして、義丸さんが目の前に現れた。 
 あ、すみません。やっぱり、近いの慣れないです。

「貴女にお会いする日を心待ちに日々の糧としましょう。お元気で」

「は、はい。義丸さんも、水軍の皆さんもお元気で、」

 しどもどしながら言う私に、義丸さんはくすりと笑って、手が伸びてきて、

「髪、落ちてますよ」

「おうっ!?」

 巻き髪にした布から項に落ちて来た一房に触れた。

「いい加減にしろ、ヨシ」

「ちどりさん、ご挨拶は済みましたか?」

「早く帰りましょう!」

 義丸さんを鬼蜘蛛丸さんが、私を乱ちゃんと土井先生が引っ張ったので、漸く離れた。

「え、あっ。最後にあと少し」

 義丸さんの首辺りにがしりと腕を回している鬼蜘蛛丸さんに歩み寄る。

「鬼蜘蛛丸さん、今日は色々教えてくださってありがとうございました。とても楽しかったです」

「いえ、此方こそ、楽しかったです。お仕事はお忙しいでしょうが、またいらしてください」

 優しく目を細めながら笑う鬼蜘蛛丸さんに頭を下げて、私達は海を後にした。


「鬼さんたら、あんなあっさりで、ぐえ、閉まる!閉まってる!!」

 義丸さんが鬼蜘蛛丸さんの腕の中でもがいてたけど、うん、大丈夫……かな?












 さて、楽しかった兵庫水軍への訪問のその翌日の事。

 薬草園の手入れをしていたらきり丸君がやって来た。

「ちどりさん!」

「きり丸君。どうしたの?」

「あの!この辺りで魚を干させて貰えませんか!?」

 ぱんと手を合わせて上目使いは大変可愛いけれど。

「魚を、って、昨日貰った?」

「はい。干物にして明後日、町に売りに行くんすよ」

「あれ?昨日、土井先生に駄目って言われてなかったっけ?」

「許可を貰ってきました!兵庫水軍の皆さんも了承済みです!!」

「ほ、ほお」

 えへんと胸を張るきり丸君。
 本当にたくましいな、この子。

「此方が一番日当たりが良いから……駄目っすか?」

「うーん、まあ、良いでしょ。薬草には被せないよう注意して下さいね。持ってきてごらん?」

「ありがとうございますっ!」

 あんな可愛い上目使いで頼まれるとどうも弱いなあ。
 ぴゅーっと走り去るきり丸君を見ながら苦笑した。自ずと実家の弟を思い出してしまう。

 夏休みももう残り僅かだ。
 明々後日辺りには数馬も登校してくるかな。



 四半刻程できり丸君は戻ってきた。

「あらら、乱ちゃんとしんべヱ君もお手伝い?」

「はい、ってちょっときりちゃん!薬草園に干すのお!?」

「おう!ちどりさんの許可は貰ったぞ」

「えー。まったく、薬草に被らないようにしてよ?」

 私とまったく同じ注意をしながら乱ちゃんは板を立てていく、そこにきり丸君としんべヱ君が開いた魚を次々に乗せていく。
 流石は仲良し忍たま三人組、息がぴったりだ。

「手伝いましょうか?」

「ありがとうございます。でも、ちどりさんはお仕事中だから良いっすよ」

「そう、お釜が泣くです!」

「しんべヱ、それを言うならお構い無く……」

「あ、でも手伝いか……うーん」

「きりちゃん、何考えてるの?」



 薬草園の水撒きが終わる頃には板三枚分にびっしりと魚が干されている。
 小振りなものばかりとはいえ、結構圧巻だ。

「全部で幾らぐらいになるかなあ、あひゃひゃひゃ!」

「きりちゃん、目が小銭だよ……」

「雨降らないかなあ?」

「げっ、縁起でもないこと言うなよしんべヱ!」

「ああ、それは大丈夫よ」

「ほへ?」

 三人組はきょとんと私を見上げる。

 私は三人と視線を合わせながら彼方の山を指差した。

「ほら、あの上が少し平らな一番高い山、分かる?」

「はい」

「あの山に昨日から雲が掛かってないのよ。ほら、今日も。だから今日明日はお湿りは無いわね」

 そう、だから薬草園に水を撒いておいたんだ、って、ん?なんか凄い綺羅綺羅した目で三人が見てくる。

「ど、どうしたの?」

「……ちどりさんって、」

「「「忍者みたーい!」」」

「どわああああっ!」

 最後のは私ではない。

「あ、土井先生」

 視線の先には地面にずっこけてる土井先生。

「教えた筈だ……この辺りの天候の読み方は教えた筈だ、教えた筈だ、教えた筈だ……!!」

 お腹を擦りながらへたり込んでいる。

「特に乱太郎!実家が半農半忍のお前なら知ってる筈だろう!!」

「あ、そうでしたあ」

「く、くぅぅ……、」

「だ、大丈夫ですか?」

 何時もの胃痛らしい。青白い顔をしている。

「土井先生はなんで此処に?」

「お前達が何処に魚を干しだすかと思って、なんで薬草園なんだ……」

「此処が日当たり良いんす。ちどりさんの許可は貰いましたよ?」

「はあ。お前はまったくちゃっかりしてるんだから」

 口ではぶつくさ言いながらもきり丸君を見る目は優しい。

 そっか、確か二人は一緒に暮らしてるんだっけ。兄弟や親子みたいな感じだな。

「なに、笑ってるんです?」

「えっ、いやいや、すみません。」

 微笑ましくなっていたら、土井先生がじとりと見てきたので慌てて弁解する。

「あー、土井先生。ちどりさんを苛めちゃ駄目ですよ!!」

 乱ちゃんが私に抱きつきながら言う。苛められてはないけどね。
 こないだからかわれはしましたが、って結構根に持ってるな私。

「苛めとらんわ!……はあ、行くぞお前達、午後の補習だ」

「はーい……」

 ま、まだ残ってるのね補習。

 土井先生はお腹を擦り擦り、三人組を連れて去っていった。

 後で、薬を差し入れてあげよう。

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