いしゃたま!

□賑やかな海で其の三
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 水軍館の前では大きな(むしろ)が敷かれてあり、幾つもの大皿に料理が盛られていた。

「今朝とれたばかりの新鮮な魚だ。遠慮なく食べてくれや」

「美味しそおおおお!」

「しんべヱ。よだれ、よだれ……」

 本当に美味しそうだ。
 私は既に座って待って下さっている山田先生と土井先生の隣に腰を下ろす。

「楽しかったかい?」

「ええ」

 山田先生の問いに私は大きく頷いた。

「鬼蜘蛛丸さんという方が色々と船について教えて下さいました」

「そうか、鬼蜘蛛丸さんが」

「それに、陸酔いという初めて見る症例にも出会えましたし、勉強になりました」

 二人は一瞬、きょとんとした顔をして、 ぷっ、と吹き出した。

「え、何ですか?」

「いや、ちどりちゃんらしいと思ってな」





 そうこうしている内に兵庫水軍の方も集まってきて食事が始まった。


「……美味しい!」

「それは、良かったです」

 今日の料理を担当したという船頭の由良四郎さんが、にこにこと嬉しそうに笑った。

 こんなに沢山の魚を食べるのなんて初めてだ。
 しかし、美味しい料理を楽しみながらも気になる一角。





 莚から離れた所に鬼蜘蛛丸さん、間切さん、蜉蝣さんが仲良く青い顔を並べて座っている。
 近づいていったら、鬼蜘蛛丸さんはちょっとぎょっとした顔をした。


「間切さんも、蜉蝣さんも陸酔いされるのですね」

「は、はい」

「何時もの事ですから、どうかお気になさらないで下さい」

 何故か三人とも両足を桶に浸けている。

「これは、海水ですか」

「こうしてれば、幾分かマシなんです」

「ほう」

 海に入ると治るとは確かに言っていたけど、

「船酔いの逆の症状なら、船上の揺れが無くなる事に身体が着いていかないって事なんでしょうけど……心因的なものもあるのかな」

 ぶつぶつと呟いている私を三人は不思議そうに見ている。
 ああ、そうだ。気になることと言えば、もうひとつ。






「あ、あの、蜉蝣さん……」

「何でしょう?」

「……その、眼帯は、船戦で傷付いたものでしょうか? 」

「ええ、もう中身が無いんですよ」

「え!?」

「あ!すみません!!女性に聞かせる話じゃ無かったですね。」

 いや、そうじゃない。
 うーん、これ以上ははしたないかと思いつつも、どうしても気になる。

「あ、あの……その時の治療はどの様になさったんですか?自然治癒?それとも何方か金瘡の心得がある方がいらっしゃる?」

「へ?」

「ああ、えっと……すみません。一応医者の見習いなもので、不躾で申し訳ありません」

「いや、そんな……、」

 頭を下げれば、蜉蝣さんはちょっとあわあわとされて、やがて、ふむ、と顎を擦る。

「……宜しければ、傷跡をお見せしましょうか?」

「かっ、蜉蝣さん!!」

 今度は間切さんと鬼蜘蛛丸さんがあわあわとされる番だ。

「宜しいのですか?」

「はい。これは、殆どは自然に治るのに任せたものなのですが、」

 と、蜉蝣さんは眼帯に手を掛け、そっと外した。

「矢傷ですね」

「ええ」

 大きな傷跡の残るそこは凹んでいて、確かにそこにもう眼球が無いことが分かる。

「刺さった時に、一緒に抜いた、ということですね」

「はい、そうです」

 間切さんがぎょっとした顔で私を見ている。

 傷痕は抉れた所は無く、意外にも綺麗だ。
 恐らくは深く刺さらなかった事、直ぐに抜いたことが功を奏したのだろう。

「自然に任せた、とはどの様になさっていたんですか?」

「清潔な布を当てて空気に触れないようにはしておりましたね」

「そうですか。ありがとうございました」

 蜉蝣さんは、ふ、と笑いながら眼帯を元に戻した。

「いえ、参考になりましたら幸いです」

「それは勿論、」

「ちどりちゃーん。陸酔い組ばっかに構ってないで食べなよー」

 網問さんが此方に向かって手を振っている。
 鬼蜘蛛丸さんが青白い顔で私に笑った。

「行って差し上げてください」

「えっと、」

「本当に我々は何時もの事ですから、どうかお構い無く、」

「そう、ですか。では、お大事になさってください」

 三人に一礼して御座の方へと戻った。

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