いしゃたま!

□賑やかな海で其の二
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 兵庫水軍の総大将である第三協栄丸さんに挨拶を済まし、私達は水軍館へと向かった。

「ちどり先生。うちのもんはちょいと見た目は柄悪いだろうが、皆、気の良い奴等だから安心してくれ」

「はい、ありがとうございます」

 そうにかりと笑う第三協栄丸さんこそが気の良いおじさんといった雰囲気で私は思わず顔が緩む。
 そして、保健医助手だと名乗ったら、丁寧に「先生」と呼んで下さるので正直面映ゆい。

 第三協栄丸さんは、は組の皆にも良く慕われている様子で、特に乱ちゃん、きり丸君、しんべヱ君の仲良し三人組とは特に親し気な様子だ。

「乱ちゃん達は昔からの知り合いなの?」

「はい!私達三人は以前、第三協栄丸さんに泳ぎを教えたんです」

「そ。それで、バタ足はなんとか出来るようになったんすよよね」

「え?海賊の方に泳ぎを……?」

 水練なんて、水軍さん達の方が専門中の専門だろうに。

「第三協栄丸さんは、海賊の癖にカナヅチで、船酔いしちゃうんですよお」

「ほ、ほう……」

「お、おいおい、お前達ぃ!余り格好悪い話は止めてくれよお!!」

 第三協栄丸さんは顔を真っ赤にして慌てている。
 な、なるほど……でも、

「でも、それでも水軍の総大将をされてるんですから、凄いんですね」

「えっ!そっ、そうかい!?」

「ええ、きっと、大将としての器が大きくていらっしゃるんだと思います」

 子ども達に慕われている様子からも第三協栄丸さんの懐の大きさや暖かさがなんとなく伝わってくる気がした。

「い、いやあ!照れるなあ!!」

 第三協栄丸さんは真っ赤な顔で笑いながら頭を掻き掻き、やおら早足になって私達の前を歩き出す。
 乱ちゃんと顔を見合わせて、私は笑った。




「ちどりちゃん」

「網問さん。なんでしょうか?」

 水軍館の前に着くと、水夫の網問さんがやって来て、私の顔を覗き込む。
 ちゃん呼びはもう決定なのか、とちょっと苦笑しながら、見返したらにこりと人懐っこい笑みが返ってきた。

「は組の皆さんは、これから舟戦の講義なんだけれど、ちどりちゃんはどうする?」

「ん、えっと」

 ふむ、そうか。講義にお邪魔するのもあれだしなあ。

「良かったら、浜を見て回らない?」

「え?でも、お仕事中ではないのでは?」

「俺、丁度休憩中だから」


 そうなのか。うーん、しかし、私は引率で来てるわけだしなあ。
 山田先生の方を見れば、ふ、と優しい笑み。


「少しなら構わないよ」

「……宜しいでしょうか?」

「ああ。引率とは言ったけれども、そんなに構え無くても良いさ。珠には息抜きも必要だ」

「はい……ありがとうございます」

 その優しいお言葉に甘えて、少し見学をさせて貰うことにした。



「では、網問さん。宜しくお願いします」

 網問さんはちょっと首を傾げて、うーん、と唸りながら頬を掻いた。

「別に、さん付けしなくても良いよ?」

「いや、一応、職員として来てますし。お世話になってる方達ですから」

 与四郎君といい、善法寺君といい、最近、呼び方について言われることが多いなあ。



 うん。善法寺君……か。

 彼が帰って来るのは、確か二日後だ。
 無事でいてくれたら良いと思うけど、呼び方を返る、のは、やはり何処か緊張するような変な気分がした。

「ちどりちゃん?」

「あ、すみません。行きましょうか」

 ちょっと自分の考え事に耽りすぎてしまった。せっかく休憩時間を使って下さっているのに申し訳ない。

 網問さんはちょっと不思議そうな顔をしていたけど、やがてにこりと笑って歩き出した。




 網問さんが最初に案内してくれた漁港では、何人かの水夫さん達が、魚を引き揚げたり、道具を運んだりして、忙しそうに立ち働いていた。
 その内の一人が私達を見て、目を真ん丸くした。


「あああっ!!網問!お前、休憩時間交代してくれって逢い引きの為かよ!?」

「あっ、い、びき!?」

「落ち着けって重。やっぱりそう見える?」

 重と呼ばれた青年に詰め寄られながらもへらりと笑う網問さん。
 いや、はっきり否定して下さいよ。

「あ、あの!私は違います!!学園の関係者で、見学をさせて頂いてるだけです」

「忍術学園の?って事はくのいち教室の方ですか?」

「あ、いえ、」

「ちどりちゃんは、学園の保健医助手さんなんだって」

「へえ!お医者様って事ですか?」

「ええ、見習いですが」

 重さんは目を瞬きながら私を見ている。
 網問さんは満面の笑みで私を覗き込んだ。

「ちどりちゃんみたいな可愛い子に治療して貰えるなんて羨ましいよねえ」

「あ、ありがとうございます……」

 だから、近いんですってば。ちょっと困っていたら、重さんが網問さんの肩をぐいっと引いた。

「こら、網問。なんでお前はさっきからそんなに馴れ馴れしいんだよ!?」

「だって、年齢変わらないよ?ちどりちゃんは重と同い年だし」

「「え!十七歳!?」」

 重さんと声が被ってしまった。
 年頃は近いだろうと思っていたけど、もっと大人びて見えていたから。

「そうなんだ。て、てっきり俺、年下かもって、あ!すみません!!」

「あ、いえいえそんな、」

「こら、重。何サボってんだ」

 二人してあわあわしていたら、重さんが注意されてしまった。
 三人の男の人が此方に近付いてくる。

「あ、すみません。蜉蝣さん」

「網問も、休憩中だからといってふらふらしてんじゃない」

「はあい。鬼兄ィ」

「おい、網問!さっきは準備を俺に押し付けて何処行ってたんだよ!!」

「あだだだだ!ごめん!ごめんて間切!!」

 左頬に傷のある青年にこめかみをぐりぐりされる網問さん。
 皆さん揃いも揃って体格も良く、目付きも鋭いものだからちょっと身構えてしまう。

「えっと。貴女は……?」

 左頬と額に傷のある男の人が私を見たので、頭を下げる。

「忍術学園一年は組の実習引率で来させて頂いております。保健医助手の三反田ちどりと申します。初めまして」

「それはそれは、私は兵庫水軍で山立を勤めております鬼蜘蛛丸という者です。学園の皆さんには、何時もお世話になっています」

 礼儀正しく丁寧な雰囲気の方だ。何だか顔色が芳しくないけれど、大丈夫だろうか。

「私は、舵取りの蜉蝣です。少々むさ苦しい所ですが、どうぞごゆっくりなさってください」

「ありがとうございます。今は網問さんに案内して頂いて見学をさせて貰っているのですが、ご迷惑ではないでしょうか?」

「いえいえ、とんでもない」

 左目に眼帯を着けた蜉蝣さんも顔色が良くないけれど、にこやかな様子だ。

「水夫の間切です。網問の奴が迷惑を掛けてませんか?」

 網問さんを漸く解放した、間切さんはそう苦笑いをする。これまた顔色があまり芳しいとは言えない……一体何なんだろうか。

「いえ、網問さんは最初に来た時も義丸さんと案内をしに来て下さいましたから、」

「てめっ!!そういうことかよ!!!」

「あでででででで!!重!助けて!!」

 こめかみぐりぐりがまた再開してしまった。

「申し遅れました。俺は重といいます。水軍では水練の者をやらして貰ってます」

 網問さんの懇願を無視して、重さんが私に笑う。
 い、良いのかな……。

「良いんですよ。あいつらは何時もの事なんで」

 心を読まれた。

「そ、そうなんですか……水練の者って事は、重さんは泳ぎが得意なんですね」

「はい!舳丸の兄貴には敵わないっすけど、海中の探索や舟戦での敵船への細工が俺達水練の者の役目ですから!!」

 えへんと胸を張る重さん。

「へえ。水軍でも色々な役割があるんですね。……鬼蜘蛛丸さんの山立というのはどんなお役目なんですか?」

 私が質問をすれば、皆さんはきょとんとした表情を浮かべた。

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