いしゃたま!
□彼の見解/賑やかな海で、其の一
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とある町の、帯屋の前で、一人の青年が立っている。
目鼻立ちははっきりしつつも、如何にも優男といった雰囲気のそのふわりとした横顔には、大きな当て布が目に少々痛々しい。
彼が、真剣な眼差しで帯を見比べているその斜め後ろへ、私はすっと近づく。
「その撫子色は少し可愛らしすぎやしないかしら?」
ばっ、と振り返った青年、私の同学の、忍術学園六年は組の善法寺伊作は、その、大きめのやや切れ長な瞳を僅かに見開いた。
「わたくしには、ね」
「仙……子ちゃん」
うむ。よしよし。
男の名で呼びおったら爆破四散させるところであった。
私、六年い組、立花仙蔵は紅を引いた口唇で笑みを作る。
「まあ、あの人にはお似合いになると思いましてよ」
そうからかえば、僅かに頬を赤く染めて帯を見下ろす。
初な様子は微笑ましいのだが、少々純真で危なっかしくも思えてしまう私は世話焼きなのだろうか。
「折角会ったのです。私も帰る途中でしたから共に参りましょう」
「あ、うん。ちょっと待ってて。すみません、これで」
伊作は慌てて、見比べていた帯の内の、梅紫に細かな刺繍が当てられたものを店主に差し出した。
「して、課題の程はどうだったのだ」
道中の辻堂にて、そう私が口を開けば、伊作は、ばっと辺りに目を配る。
そのやや鬼気迫る様子に私は苦笑する。
「誰もおらん、気配もない」
その普段は優しげで悪く言えば覇気に欠ける目元に険がある様に見えた。
課題の内容こそ知らぬが、少々気が立っている様だ。
「……成功だよ。合格は堅いかな」
そう息を吐きながら述べて、漸く何時もの笑顔を見せた。
「仙、子ちゃんは?」
「聞くまでもないであろう?」
暑気に当てられやすい私ではあるが、それごときでしくじってしまうようでは最高学年は勤まらん。
課題の合格。
これは、六年生に於いては極めて重い意味を持つ。
翌年の春、学園を出た後の我々の身の振り方を決める要素のひとつとなるのだ。
人の事ばかりを偉そうに構ってはいられないが、この心に刃を乗せる者としては余りにも優しく、加えて呪いの様に天運から見放された男が、無事に課題を終えることが出来た事に柄にもなく酷く安堵した私である。
安堵したついでに、からかってやりたくなったというか、ある事を思い出した。
「そういえば、お前が出ている間、一年は組と共に兵庫水軍のもとへ行ったそうだぞ?」
「え、誰が?」
「ちどりさんに決まっているではないか」
「へえ、そうなんだ」
伊作の暢気な相槌に私は嘆息を禁じ得なかった。
「へえ、そうなんだ。じゃないだろう」
「へ?」
「伊作、兵庫水軍といえば、お前とは比べ物にならない程の屈強な男達がうじゃうじゃいるんだぞ?」
「うん。そうだね」
「そんな場所にちどりさんが行ったというのに、何を暢気に構えているのだ」
「え、だって。一年は組の実習の引率なんじゃないの?」
「そうだが」
「だったら、土井先生に山田先生も一緒なんだろう。それに、兵庫水軍さんは悪い人達ではないし……」
私はまたもや嘆息である。
「伊作」
「何、むっ!?」
ずいっと詰め寄れば、きょとんとした顔で首を傾げている伊作の鼻をきゅっ、と、摘まんでやる。
「お前、ちどりさんと何処までいったんだ?」
「ほあ?」
伊作は間抜けな鼻声を出しながら少し顔を赤らめる。
「進展はあるのか、と聞いているんだ」
「え、えっと、」
「風魔の与四郎、五年の不破、加えて今回の兵庫水軍、易々と他の男共の接近を許したばかりか、お前、ちどりさんが元気を無くしていた件はどうなった?」
「に、新野先生に相談したら、気付いたら、元通り、にぃっ!!!?」
びっ、と思いっきり指を引きながら離す。
鼻を押さえて悶える伊作であるが、構わず私は話を続ける。
「まったく、あきれるな。あれほどの生徒の前で堂々と告白をしておきながらなんという体たらく……どうせ、まだ彼女からの答えは貰っておらんのだろう?」
「う、うぅ…それは、って、ん?今、不破って?」
「………………気付いてなかったのか」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
「伊作。お前は、思いを伝えているという状況に胡座をかいてはいまいか?」
「そっ、そんな事ない!」
伊作はきっと私を睨む。
「この課題合格は僕なりのけじめなんだ。合格した時は、ちどりさんに、名前で、呼んで貰おう、と……」
話す内にみるみる赤くなりへなへなと俯く伊作。
私は軽く咳払いをした。鉢屋程ではないが、まあ、一言ぐらいはできるだろう。
「伊作君」
「うひっ!!!?」
私の声真似ごときに面白い程に身体を跳ねさせる伊作に、とうとう私は吹き出した。
「まったく、お前は可愛いな」
「とっ、とにかく!僕だって、ずっとこのままの状況で良いなんて思ってない。ただ、」
伊作はふっと息を吐きながら彼方を見る。
「まだ、答えを貰えないのは、きっと僕が頼りないから……今の僕が答えを貰おうだなんておこがましいよ」
遠くを見ている伊作のその口許に浮かぶのは自嘲的な笑み。
私はとりあえず、こきこきと軽く肩を回す。
「だから、ちどりさんを背負えるくらい僕は強くならないと、話はそれから、あばあっ!?」
脳天に私の手刀を強かに受けた伊作はまたもや悶絶しながら転がる。
通行人が、にやにやしながら私達の様子を見ながら通り過ぎていく。
「よお、痴話喧嘩かい」
「「違います!!!」」
飛んできた野次に声を揃えて否定してから私は何度目かの嘆息を溢す。
「……背負わずとも、共に歩くという考えもあるだろうに、」
「え?何か言ったかい?」
「いや、」
周りがどうとやかく言おうと、結局は当人達で答えを見つけていくしか正解は無いのだろうから。
「行こう。日没までには学園に着かねば」
見守るしかないのだろうな。
慌てて着いてくる伊作を横目に見ながら私は笠を被り直した。
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