いしゃたま!

□風の来し方
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「不破君、新野先生に、私の事を相談してくれたんですね」

 茶屋で注文したものを待つ間。
 不破君にそう言えば、彼は申し訳無さそうに眉を下げる。

「すみません。余計な事をしたでしょうか」

 私はそんな彼に頭を振った。

「いえ、此方こそ心配かけてすみませんでした。……昨日ね、」

 そこで、葛切りと、お茶が運ばれてきて、暫し言葉が途切れる。

「あ、美味しそう」

 艶やかで涼しげな甘味に、私は、ふっと顔を綻ばせた。

「昨日……?」

「あ、ごめんなさい。昨日、」

 不破君が先を促す。
 私は箸を片手に、続きを話し出した。

「新野先生が、陣中医の御仕事に同行させて下さったんです」

「ぶえっ!?」

「えっ!ちょっと、大丈夫!?」

 不破君がいきなりお茶を噴き出すように噎せかえった。
 慌てて背中を擦ると、げほげほと咳き込みながら、大丈夫ですと言いたげに手を振る。

「……だっ、大丈夫かは、ちどりさんの方ですよ!!」

「え?わ、私?」

「戦場に行かれたという事ですよね?何処もお怪我はされてませんか?」

「うん、全然」

 不破君はお茶を飲み直してから、ふうとため息を吐いて、

「失礼かもしれませんが……あまり、女性が見るような光景ではなかったのではないですか……?」

 と、恐る恐る問い掛ける。

「う、うーん。そうですね。色々と衝撃は受けましたね」

 葛切りは良く冷えていて甘い。一筋掬えば、きらきらと日に反射した。

「自分が、甘ったれてた事も良く分かりました」

「そんな事ないですよ」

 慌てながらそう言ってくれる。
 不破君は優しい。私はそんな彼に笑い返す。


「ありがとう。でも、そうですね……思ってたんです。私は全てを助けれない、其ればかりか、私が助けた人達が他の誰かを傷付けたりするだろうそんな世の中で、私は、どうすれば良いのか、と」

 私は夏の日差しに白々と光る通りを見る。
 蝉の声がしゃわしゃわと遠く聞こえて、不破君が私の横顔を見ているのが目の端に映った。

 箸がからり、と鳴る。

「ですが、それは、私達医者が、救いの手を差し伸べない理由になり得るのかと、新野先生が私に問われたんです」

 私は不破君に視線を戻して、

「……私の答えは、」

 そこで、私はふ、と口をつぐむ。視線と気配を感じたからだ。
 不破君がはっと表情を険しくし、私の前に手をさっと伸ばしながら立ち上がる。



「んな、おっかねえ顔すんな。こんな往来で何もしねえよ」

 不破君の背中越しに見えた男に私は目を見開いた。

「貴方は……」

「よう、嬢ちゃん。……あん時は世話になったな」

 私が以前学園で助けた、あの万寿烏とかいう暗殺者がにやりと笑いながら懐に手を差し入れる。
 不破君の緊張が強まるのが分かる。彼は、呆れたように片眉を上げて手を止めた。

「だから、なんもしねえって、目立つから止めろや。……ほら。嬢ちゃん受け取りな。僅かだが礼金だ」

 万寿烏は、巾着を私に差し出す。しかし、私は頭を振った。

「要りません……それは、貴方が人を殺して得た金でしょう」

 万寿烏の眉が、ひくりと痙攣する。

「清廉潔白なこった。……じゃあ、聞くが、なんであの時、刺客の俺を態々助けやがったんだ?」

 ぎろり、と鋭い眼光が私を捉える。

「なら、聞きますが、何故貴方は人を殺すのですか?」

 はっ、と小さなせせら笑いが蝉の声に紛れながら聞こえる。

「俺達は暗殺者だぞ?」

「なら、私も同じ理由です」

「ちどりさんっ」

 私は立ち上がり、不破君の腕を掻い潜って万寿烏の前に歩み出る。

「貴方達が、百人殺すと言うなら、私達医者は、私は、百人の人命を救ってみせます」

 万寿烏の暗い相貌に私の顔が薄ら白く映るのが見えた。

「私は負けません。だから、礼金も受け取りません」

 遠くの蝉の声がやおら近付いてきて、また遠ざかる。
 万寿烏がゆっくりと手を上げ、ぐっと目深に笠を被り直した。

「……俺はもう行く。弟分を待たせてあるからな」

 そうして、踵を返した。が、きろり、と目だけを此方に、不破君の方に向ける。

「追い掛けようとは思うなよ。俺は無駄な殺しはしねえ、だが、余計な事をしやがったら……分かっているな」

 そうして、すうっと、音もなく雑踏の中に消えていった。


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