いしゃたま!

□風の来し方
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 あんなに疲れ果てていたのに、翌朝は何時も通りに、寧ろ、すっきりと目が覚めた。

 顔を洗う。
 井戸水の冷たさに少し身震いする。
 変わらない、何時もの朝だ。




 朝餉を済ましたら、軽く身支度をして門の前で不破君を待つ。
 日差しは厳しいが、日陰に入れば幾分か涼しい。





「ちどり」

 名前を呼ぶ声にぱっと頭を上げる。

「此方だーよ」

 顔を上げれば、門前の屋根に腰かけている、

「……与四郎君」

 彼は、頭をがりがりと掻いて、やがて意を決したかの様な表情で、私の前に音もなく降り立った。

「ちどり、あのよ」

 何時もの小松田さんは来ない。彼はまだ夏休み中だ。
 私も覚悟を決めて、彼を見返した。

「……この間は、悪かった。きつい事言うて、ちどりが悪い訳じゃーねえのに、けんど、どうしても、」

 言葉が途切れた。
 与四郎君は苦しそうな顔で俯いた。

「与四郎君って、」

 私が喋り始めると、彼は、僅かに身を固くする。


「……訛らないでも喋れたんですね」

「んあ?」

 与四郎君はきょとんと呆けた顔をした。

「あの時、訛りが取れていましたから」

「あ、ああ。そりゃ、おら、忍だからよー。訛らねえと喋れんだら、やってけねーべ」

「なるほどね」

 与四郎君は微笑む私を怪訝そうに見ている、が、その雰囲気は僅かに和らいだように見えた。

「与四郎君は忍で、あの人は暗殺者で、私は……」

 今日は風が強い気がする。
 目の前で揺れる前髪を払って、与四郎君を見る。





「私は……見習いだけど、医者だから、きっと次、同じ様な事があっても、助けてしまうと思う」

 与四郎君は静かに私を見つめている。

「どんな奴でもか」

「……私が救えるのなら」

 私は、笑みを浮かべようとしてみるが、顔は強張って上手く動かない。

「何時か報いを受けるとしても、きっとそうしてしまうから、だから、与四郎君は、私を許さなくても良いんですよ」

 与四郎君はすっと目を伏せる。だが、やがて顔を上げて、私を見返した。

「ちどり」

 固さがあるが、笑みの様な表情を浮かべて、私を見る。




「おらは、彼奴らを追うため、まだ暫くはここいらに残る。あの野武士の居場所も調べてやんよ。分かったら、連絡するべ」

「うん。ありがとう」

 与四郎君は一つ力強く頷き踵を返そうとしたが、あ、と立ち止まった。




「許さんでええってんならよー」

「おう!?」

 くるっと此方に向き直ったかと思えば、私は彼の腕の中にいた。
 与四郎君が私を抱き締めている。

「ちょっ、ちょちょちょおっ!?」

 じたばたもがこうが、びくともしない。
 与四郎君はくつくつと笑って漸く私を解放した。

「ちどりは柔けえなあ。元気でたべー、これでいしばれるだーよ」

「なっななな……!!」

 言葉にならない私の頭をぐしゃりと撫でて、ざっと舞い上がる。

「じゃあなー!」

 そして、風のように立ち去って行ってしまった。




「どういうこっちゃ……」


 呆然と立ち尽くす私に駆け寄る足音が聞こえる。


「ちどりさん!すみません、遅くなって……あれ?どうかしましたか、髪が、」

「う!?あ、ああ、うん、風のせいかな!!?」

 慌てて乱れた髪を整える私を、不破君は不思議そうな顔で見ていた。

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