いしゃたま!

□その手を伸ばして、掴むのは
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「ちどりさん。明日、休みの前に一件終わらせたい仕事があるのですが、着いてきてくれますか?」

「えっ、あ……はい」

 いけない、ぼーっとしていた。
 弾けたように新野先生を見れば、先生は苦笑を浮かべられる。

「お疲れのようですね。今日はもう休みなさい」

「いえ、そんな、」

「休みなさい。呆けたままでは仕事に差し障ります」

「……はい。すみません」

 返す言葉もない。
 頭を下げて、保健室を後にした。
 情けないことに足取りは重く、引き摺るように廊下を歩く。






「……うっ」



(何故だ!!!)


 昨晩の与四郎君の叫びが頭に甦ってきて、私は眉を寄せる。


(俺達の敵だ!!あいつは、助ける価値もない暗殺者だぞ!!!)


 悲痛な声と、苦し気な相貌が、頭に焼き付いている。





 私は、





 思わず、立ち止まる。視界がくらくらとしてその場にしゃがみこむ。





 私は、






 蠢く闇が足元に取りつき、身体を包むように這い上がる。それは喉元にまでせり上がり、酷く、息苦しい。





 私、は






「ちどりさん!!」

 肩を揺すられる感覚にはっと我に返った。
 どろり、と、汗が首を流れていく。

「不破君……」

 心配そうに私を覗き込んでいる彼に、私は何とか唇を笑みの形にしようとする。

「ご免なさい。立ち眩み、ですかね」

 ゆっくり立ち上がった。
 足が痺れたみたいになっている。ゆっくり膝を擦るようにして、ぴん、と背筋を伸ばす。

「ところで、昨日はありがとう。不破君が帰って来てるとは思わなくて驚きました」

「はい……夏休みの課題を提出しに、ついでにハチの、竹谷の事も耳に挟みましたから」

「ああ、竹谷君ね。すっかり回復したみたいで良かったです。残りの休みは学園で過ごすそうですが」

「上級生はそういった者が多いですね」

 不破君は眉を下げて笑う。

「……顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

「うん、元気、元気」

 勤めて明るく出そうとした言葉はやけに白々しく響いて、ひやりとした。
 不破君はそれでも柔らかい笑みを浮かべて私を見下ろす。

「……そうですか。でしたら、明日はお暇ですか?」

「明日?、明日は新野先生のお仕事に同行させて頂きますので、」

「なら、明後日。町に行きませんか」

「町に?」

「はい」

「私と不破君で?」

「はい」

 不破君を呆けて見上げたら彼の頬がちょっと赤くなる。

 うーん、と思った。
 私は今、そんな気分ではないのだけれど、

「あ、あの。町に美味しい葛切りを出す店があるらしいんですけど、一人では、行きづらくて、も、勿論、ご迷惑なら構わないのですがっ、」

「良いよ。行こうか」

 必死になっている不破君についついまあいっかと思ってしまったのだ。
 多分、暑くて判断力も鈍ってる気がする。

「っ、じゃ、じゃあ、明後日!」

「うん。不破君」

「なんですか?」

「気を使ってくれてありがとう。私は本当に、大丈夫ですから」

 そう言って、軽く会釈して、不破君と別れて自室へと向かう。
 大丈夫、大丈夫だ、と言い聞かせながら。











「聞いたぞ、雷蔵。大進歩じゃないか」

 廊下に佇む不破雷蔵の背中にぴたりと貼り付くぼさぼさ頭の青年。

「わっ、ハチ!?」

 不破は跳ね返る様に、同級の友、五年ろ組の竹谷八左ヱ門を振り返る。
 竹谷は口許ににやにやとした笑みを浮かべている。

「なんだよ、お前。遠くから見ているだけかと思えば、ちゃっかり逢い引き誘うとか」

「ばっ、違うよ!!そんなんじゃない!」

「ふーん」

 竹谷は、不破の否定を信じる気は無いらしい。
 にやにやと笑ったままの彼に不破は大きく息を吐いた。

「只、何か気が紛れればって」

「ああ、暗殺者の内の一人に会っちまったんだっけ?ちどりさんも結構、巻き込まれ体質だよなあ」

「……あいつら結局どうなったか聞いてる?」

「いんや。まあ、学園長先生は御無事だった訳だし、後は風魔の人達に任せときゃ良いんじゃないか」

 そう、夏の太陽宜しく、からりと笑う竹谷に、不破は曖昧に笑った。



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