いしゃたま!

□行方を無くすその手は
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 男の腕を掴んだ。

「おいっ!!」

 男はぎろりと目を光らせるが、払う程の気力は無い様だ。

「動かないで、血を流し過ぎてしまいます。腕の傷を塞がないと、使い物にならなくなりますよ」

 私は、下に結った髪を、高く結び直し、棚からアラキ酒と針、糸等を取り出す。

 男の元に戻り、袖を裁ち鋏で割いて、アラキ酒で傷口を拭く。

「馬鹿か、本当に」

「私は、馬鹿でもくのいちでもなく医者です。見習いですが」

 手拭いを男に差し出す。

「これ、喰わえておいて下さい。舌を噛まないように」

「何を、……ぐっ!?」

 皮膚と肉を針で穿つ感覚は未だに慣れない。
 脂汗が浮かぶのを感じながら男を見れば、男は舌打ちをして手拭いを噛んだ。
 それを確認した私は、続けて手早く傷口を縫い合わせた。

 縫い合わせた傷口に包帯を巻き、肩に釣れば、男は、べっと手拭いを吐き出し、私をじとりと見た。





「………………」



 そうして、暫時(ざんじ)、互いに押し黙っていたが、やがて男の口が僅かに開く。





「ちどりさん!!!」

「わっ!?」

 急に何者かに抱え上げられた。
 顔を上げれば、険しい表情、

「ふ、不破君!?」

「不破。ちどりさんを頼んだよ」

 善法寺君も天井から降り立った、私と不破君を隠すように立つ。

 男は忌々しげに大きく舌打ちをし、ざっと飛びず去る。

「待てっ!!!」

 善法寺君は、男を追い掛けていった。



 不破君はふっと息を吐き、私を下ろした。

「不破君、いったい、」

 問いかけた私の声は新たに現れた影に飲み込まれる。

「ちどり!!おまえ、何をしてたんだ!!!?」

 与四郎君が私の肩を掴んでいる。肩に彼の爪が深く食い込んでくる。
 それは、先程の男のものとは比べ物にならない強さだった。

「与四郎さん、止めてください!」

「何をしていたと聞いてるんだ!!!」

 不破君の制止を遮って彼は叫ぶ。

「治療、を、」

 絞り出すように出した、酷く掠れた私の声は、何処か遠く聞こえた。

「何故!!!」

彼の顔が苦し気に歪む。






「奴は、万寿烏は!!俺達風魔の仲間を何人も殺しやがったんだ!!」

 悲痛な声が私の耳をつんざく。

「俺達の敵だ!!あいつは、助ける価値もない暗殺者だぞ!!!」

 私は息が止まるような錯覚を覚えた。

「与四郎さん!!」

 不破君が私と与四郎君の間に立ち塞がる様にした。

「…………」

 与四郎君は泣き出す寸前の様な、それでも、涙はその目からは落ちず、ばっと踵を返して走り去っていく。

「っ!!」

 私は不破君を押し退ける様に、彼を追い駆けようとした。だが、不破君にそれを抑えられる。






「待って!!与四郎君!!!」







 声は届かない。

 続くべき言葉も持っていない。


「……待って、」


 伸ばした手の先は、

 闇に惑う様に揺れるだけだった。





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