いしゃたま!

□行方を無くすその手は
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「あ、しまった。」

 夕餉も、風呂も終えて、ちょっと寝る前に勉強しようと思ったら、本を保健室に忘れて来た。

 どうしようか、今日はもう寝る?

 いや、どうせ寝てもぐっすりとは眠れそうにない。

 仕方ないな。と、私は羽織を夜着の上に掛けて、灯りを手に部屋を出た。


 今晩は雲が厚いのか、月明かりも無く酷く暗い。
 手を伸ばせば灯りの届かぬ範囲の暗闇に手が吸い込まれていきそうだ。

 灯りを持ってる時の方が暗さを怖く感じるというのも変な話だ。
 かといって、灯り無しで歩けといわれても無理なので、私は廊下が軋む音にびくつきながら歩き続けた。



 そうやって、恐る恐る歩いていけば、漸く保健室の扉の前に着いて、少しほっとする。
 さっさと取って、さっさと戻ろう。そう、扉を開けた時だった。

「っ!?」

 突然の衝撃。
 床に叩きつけられた。

「動くな」

 腹這いになった状態の私の頭上で、はー、はー、と荒い息が聞こえた。肩に食い込む手の感覚。
 目の前にちらつく苦無。

 と、その微かに震える腕から、滴り落ちるもの。

「怪我をしてるんですか」

 酷く大きく響いた様に聞こえた私の声に腕の主がびくりと身体を跳ねさせた。

「よっ、」

 その隙に身を捩って腕から逃げ出し、身体を起こす。
 灯りは落ちて消えてしまっているから、視界はとても暗い。

「治療、した方が良さそうですね」

 目を凝らして見れば、右腕の筋を断つように大きく切られている。

「お前、くのいちだな」

「……前も間違えられましたけど、違います」

 男はぎっと私を睨み付ける。

「ぬかせ、俺を前にして怯える様子もねえ。只の小娘に、そんな度胸があるか」

「仕事柄そこそこ見慣れていますのと……もっと恐ろしい者に会った事がありますから」

 裂けるような笑いを浮かべる、美しく、しかし、人を人とも思わぬ、無邪気な子供のそれと奈落の闇を混ぜた相貌を思い出し、無意識に背筋がひやりとした。

「……縫わなきゃ駄目そう」

 それを振り払う様に、頭を少し振って、その男の腕に手を伸ばした。が、男は苦無を構える。

「触るな。何をするつもりだ」

「治療を」

「はっ。馬鹿か小娘。俺は刺客だぞ」

 私の手が止まる。男は顔を歪めて私を見返した。
 苦し気な逸る息をしながら男は笑う。

「此処の学園長を暗殺しに来たんだ。その俺を助ける意味が何処にある」

「………………。」

 私は目を少し閉じる。
 蠢く闇。


 然し、私は。



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