いしゃたま!

□彼女の様子
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 彼女は最近、元気がない。

 彼女というのは、今年の春から学園の保健医である新野洋一先生の助手をされている三反田ちどりさんの事だ。

 三反田、その名は僕の後輩に当たる少年と同じだ。ちどりさんは、彼の姉でもある(血は繋がっていないのだが、それはまた別の話だ)。

 いつも、ぱっと花が咲いている様に明るく、真っ直ぐな目をしている。

 そんなちどりさんの様子が最近おかしい。


 数日前、僕等生徒達よりも早めに夏休みを貰って学園を後にした、その時はまだ何ともなかったように思う。

 そこからつい先日、何故か風魔流忍術学校の錫高野与四郎君と一緒に学園に戻って来た時から、だろうか。

 あの時は一年は組の喜三太の高祖母様もいたせいもあり、どたばたと(主に僕が)していたから気付かなかったけれど、多分、その辺りから妙な感じなんだ。

 殆どは普段と変わりなく、働き者の彼女らしく、くるくると立ち働き、新野先生と休みの引き継ぎ等をしているのだけれど、時々、考え込むような、少し暗い表情をする。

 声を掛ければ、ぱっと表情は明るく戻る。
 でも、また気付けば、何かをぼんやり考えている。

 いったい、彼女に何があったんだろうか。

「どう思う?」

「どう思うって、伊作、お前なあ……」

 夕餉の席でそう学友六人に相談してみれば、同室の食満留三郎が、呆れた様に片眉を上げる。

 伊作、というのは僕の名だ。

 六年は組、善法寺伊作。保健委員会委員長、渾名は不運大魔王。
 忍者に向いてないとは散々言われてきたけれど、なんとか六年目の夏を退学も留年もせずに迎えられた。

「別段、変わりなく見えたぞ」

 留三郎が汁を啜りながら言う。

「まあ、一番近しい伊作が言うのだからそうなのだろう。しかし、好いた者の変化には人は過敏になることは差し引かねばな」

 そう冷静に述べるのは、六年い組の立花仙蔵だ。
 夏場に弱り気味になる彼は今日も食い気が無いらしい、早々に食事を止めて、湯冷ましを飲んでいる。

「あの風魔のかっぺ野郎がなんかしたんじゃねえのか」

 六年い組の潮江文次郎が、腕組みをして言った。
 彼なりの拘りで、飯が冷めきらない内は決して手を着けない。「かっぺ野郎」等と刺のある言葉に僕は苦笑いする。
 文次郎に掛かれば、大半の者は打倒すべき好敵手なってしまう。

「与四郎とバレーしたかったなあ。もう帰ってしまったのか?」

 そう僕に問う、六年ろ組の七松小平太は口の周りに米粒が付いている。
 子どもの様な彼なのに魚の食べ方は意外にも綺麗だ。

「うん、学園長先生に用事があったみたいで、暫く近くには留まる積もりらしいけど」

「……何か、あるな」

 小平太に口元の米粒を指で示しながら、同じくろ組の中在家長次がぼそりと呟いた。

「いさっくん、ちどりちゃんのことより、そっちを心配すべきじゃないか」

 口元の米粒を取りながら小平太が指摘する。

「それもそうなんだけど」

「何故、忍に色が禁ぜられているかの良い例だ」

「う、うん……」

 きっぱり言い放つ文次郎に僕は顔を引き吊らせる。
 そう言われれば返す言葉もない。

「ふん、偉そうに」

 留三郎が噛みつけば、じとりと睨み合う二人である。

「止さないかお前達、暑苦しい」

「ぶあっ!」

「おい、仙蔵!!」

 仙蔵がびしゃりと湯呑みの中身を二人に吹っ掛ける。
 湯冷ましで髪を塗らした二人は咎めるような声を出すが、それ以上の苦言を言わないのは、この時期の仙蔵を怒らせれば後が怖いことを知っているからだ。

「近しい者の変化を優先する、その忍らしからぬ甘さこそが伊作の良い所だろう」

「あ、ありがとう……?」

 誉められているのか、貶されているのか分からない台詞だ。

「……気になるなら、直接、聞けば良い」

 今日の当番の長次が、皆の食器を纏めながら言った。

「長次の言う通りだ俺達に聞かれても分からん」

 文次郎も濡れた髪をそのままに立ち上がりながら言う。
 何時もの夜間鍛練に行くつもりなのだろう。

「うーん。そうなんだけど、」

 僕は思わず頭を掻く。

「ちどりさんは、きっと何でもないって言いそうで」

「じゃあ、その通りなんだろ。細かいことは気にするな」

 あっけらかんと小平太が言う。
 彼も鍛練に行くのだろう、ごきごきと肩を鳴らしながら立ち上がる。

 確かに、彼女がそう言ってしまえば、それまでだ。僕には追求することはできない。

 それでも、

 力になりたいと、そう思うのは、僕の我儘だろうか。


「文次郎、小平太。今日は僕も行くよ」

「お、珍しいじゃねえか」

 立ち上がった僕に、二人はにかっと笑う。

「作法委員会で休み前に罠を総取り替えしている。気を付けるのだな」

 青白い顔で長次を手伝いに行く仙蔵も保健委員として少々心配だ。

「俺も行く」

「なはは。留三郎は過保護だな」

 罠と聞いた留三郎が条件反射の様に立ち上がれば、小平太が笑う。

「……私も、直ぐに、追い付こう」

 長次までそう言うのだから少々情けなく思った。

 僕はもっと強くならなくては、

 彼女がどんなに悩んでいる時でも、背負ってあげられるぐらいに。





「よし、行こうっだばあっ!!」

「伊作うううううううう!!!」


 ……僕は強くなりたい。

 不運に負けてたまるか。
 穴のなかで拳を突き上げれば、弓の様な月を背後に三人の呆れた顔が見えた。

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