いしゃたま!
□とある、夏の風吹く日に
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今日も暑くなりそうだなあ。
私は抜けるような青い空と、既に強い陽射しを見上げる。
期末試験も無事に終えて、私は生徒達より早く夏休みを貰った。
といっても、夏休み中に学園に残ったり、周辺で修行をしたりする生徒達の怪我等の治療の為に、十日程休んでからは新野先生のお休みと交替に学園に戻るつもりだ。
「じゃあ、小松田さん。良い夏休みを」
「うん、ちどりちゃんもね。良かったら小松田屋にも遊びに来てよ」
「ありがとう。扇子なんて高級過ぎて手が出ないけど」
「見に来てくれるだけでも良いよ」
「うーん。じゃあ、機会があれば、」
途中まで一緒だった小松田さんと別れて実家への道を歩く。
途中で何かお土産を買おうかな。水饅頭か、瓜か何か……瓜かな。父様が好きだし。
そんな事を思いながら歩いていた私の足はふと止まった。
唸り声みたいなものが聞こえる。
丈の高い草の向こう側だ。
草を掻き分けてそっと首を伸ばす。
人が倒れていた。
見た所は野武士か何かだろうか。
刃のかけた刀を片手にうつ伏せに倒れている。どうしたものか。
辺りを見回す。
仲間が近くにいる様子もない。
その内陽射しも強くなる。ここにそのままいては暑気中りになるだろう。
「大丈夫ですか」
意を決して近付く。
近くで男の様子を見て私は少し息を呑んだ。
身体中、殴られた打撲傷だらけだ。
男は低い唸り声をあげている。
「聞こえますか」
肩を叩くが返事は返ってこない。意識が混濁しているみたいだ。
「よっ、と」
肩を持ち上げ、軽く引き上げる。
何処か日陰に移動しないと。
小さな川の近くの木陰まで引きずる様にして連れていく。
「ふう……」
汗が滝みたいに流れた。
男は顔まで殴られて腫れている。
手拭いを川の水で濡らして、男の顔に当てれば薄く目を開いた。
「うぅ……?」
「大丈夫ですか」
「……何、を」
男は不思議そうな顔で私を見る。
「失礼します」
骨や筋に異常は無いか、身体のあちこちを触る。
「ぐっ!!」
脇腹を触った時、男は身体を跳ねさせた。
肋骨を少し折っているのかもしれない。
木に凭れさせた身体を寝かす。
「……いったい誰がこんな酷いことを」
包みをほどく。
少量だが、薬と、治療具が入っている。
「お頭が、」
掠れた声で男は話し出した。
男が言うには、自分は最近野武士になったのだが、近隣の村を襲った時にへまをした。
その見せしめに仲間から殴られてここに捨てられたらしい。
「子供を、逃がしたんだ……」
私の治療を受けながら男は息も絶え絶えにそう言う。
「死んだ倅を思いだし、て、」
私は、溜め息を吐いて、湿布を張った肩をべしりと叩く。
「いっ!?」
「貴方は、悪党は向いてないと思いますよ」
「……そうかもしれんな」
男は苦笑を浮かべる。
さて、治療をしたは良いけれど、どうしたものか。
「……どうぞ。食べれるなら腹に何か入れた方が良いです」
「……有り難い」
私は、水筒と、おばちゃんが包んでくれた握り飯を手渡す。
「暫くしたら動ける筈です。野武士を続けるかどうかは知りませんが、さっきも言った様に向いてないとは思います」
気掛かりだけど、下手に関わるのも良くないと判断した。
私は立ち上がってその場を去ろうとする。
「待ってくれ、責めて、名前を、」
男が呼び止めた。
「私は貴方の名前を尋ねないから、私も名乗りません」
無礼かもしれないが、相手の素性が素性なだけあって、易々と教えるわけにもいかなかった。
足早にその場を立ち去った、後は野となれ山となれ、だ。
「ただいま帰りました。お腹が空きました」
「帰ってくるなり何を言ってるんだこの馬鹿娘」
父様が庭に水を巻きながら呆れた顔をした。
仕方ないでしょうが。お昼抜きで歩き続けたんだから。
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