いしゃたま!
□合戦始まりました
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その日、緊急に開催された委員長会議(会計委員長には通達無し)の内容に、保健委員会委員長である善法寺伊作は驚いた。
「ちどりさんに、文次郎を説得させる……?君達、何だってそんなこと、」
狼狽えた声に対し、作法委員会委員長、立花仙蔵と、体育委員会委員長、七松小平太は顔を見合わせる。
「ちどりちゃん、最初に学園に来た時に文次郎の奴を言い負かしてたろ」
最初に口を開いたのは七松だった。
「……大怪我を救われた、恩もある」
図書委員会委員長、中在家長次もその寡黙な口を小さく開きながら呟いた。
「かといって、あの石頭がそうそう説得に応じるか?」
用具委員会委員長の食満留三郎も、善法寺と同様、彼女が渦中にいると思っていなかったらしい。
「否!文次郎はああいった気の強い女性には弱い。同級の私が言うんだ、間違いは無かろう」
立花がきっぱりと断言するのに対し、善法寺は、苦笑を浮かべた。
この場に潮江と彼女本人がいないとはいえ、随分な言い様だ。
「そうかなあ、ちどりさんは別にそこまで気は強くないよ。ちょっと怖いもの知らずで危なっかしいかもしれないけれど、」
「悪いが伊作。今はお前の惚気を聞いているばやいではない。」
「のっ!!?」
顔がさっと上気し出す善法寺を他所に、立花はきっと、目線を末席に送る。
「先程から黙っているが、生物委員会委員長代理。お前も考えていなかったわけではないであろう」
「ぅえっ!!」
急に矛先を向けられ、竹谷八左ヱ門は分かりやすく肩を跳ねさせた。
「生物委員会には三年生の伊賀崎孫兵がいる。彼女の弟との繋がりから話を持ちかけやすいだろうしな」
「う……」
「あの。それを言ったら、立花先輩が委員長をなされている作法委員会には、浦風藤内が、」
「とにかく、厳然なる予算会議。そもそも生徒ではないちどりさんを巻き込んでまでの不当及び不公平は無くすべきであろう!」
「…………」
竹谷八左ヱ門を庇おうと発した、火薬委員会委員長代理、久々知兵助の言葉は、立花にとっては、聞こえていないものとされた様である。
立花はぐるっと部屋の面々を見渡す。
「そこでだ。今回の彼女の身の振り方を審議したいと思う」
「いや、そもそも。教員は予算会議に口出し無用ではないですか?」
めげない久々知の進言に、中在家長次が静かに手を上げる。
「……教員は口出しできないが、保健医助手についての規定は、無い。」
「そういうことだ久々知。つまり、各委員会の抜け駆け、または、無用な対立を防ぐためにも、彼女の立ち位置を早急に決めなくてはならんのだ」
この場はすっかり立花の独壇場である。
その時、今まで黙っていた人物が一人、すっと手を上げる。
「救護班及び、特別監視員ということでどうでしょう」
「特別、監視員……?」
善法寺がきょとんと、隣に座る学級委員長委員会の鉢屋に目をやる。
「予算会議で負傷した者の救護と、各委員会に不正はないかを監視する役割では如何でしょうか」
「ふむ。それは妙案だ。各委員会諸君。賛成のものは挙手を」
手を上げたのは、立花、中在家、鉢屋。立花に睨まれた久々知と竹谷。
未だ状況が良く分かっていない、善法寺と食満。不満気な顔をしている七松は手を上げなかったが、
「賛成多数。可決ですね」
「うむ。では、予算会議にて会おう。一同解散!」
そうして、あっという間に、緊急会議は終了した。
善法寺も何となく釈然としない気持ちで、廊下に出て、保健室へと歩き出そうとする。
「善法寺先輩」
そんな彼に声をかけたのは、先程部屋にいた顔と同じ形、しかし、もっと柔和な雰囲気を持つ。
「やあ、不破。どうしたんだい?」
「各委員会がちどりさんに協力を仰ごうとしてるとか」
「ああ。さっきの委員長会議の議題がそれだったよ。あいつら凄いこと考えるよなあ」
苦笑する善法寺を不破はじっと見つめる。
「善法寺先輩は、そうしようと思わなかったのですか?」
「僕が……?」
「はい。善法寺先輩と、ちどりさんは……その、近しい間柄でしょう?」
不破の眼差しが僅かに堅い。
善法寺はそれに気づいているのかいないのか、きょとんとした顔をする。
「そりゃあ、確かに保健委員会で関わることが多いけど、思い付きもしなかったよ」
ふっと善法寺は柔らかな笑みを浮かべた。
「確かに、頼りにはなりそうだけど、好きな女性に頼るなんて、格好悪いじゃないか」
「…………そうですね」
「じゃ、僕はこれで」
善法寺は廊下を去っていった。
一人残された不破の背後に近づく影。
「……なんつーか。態々傷を抉らんでも良いのにって思うんだが」
そう遠慮がちに不破の肩を竹谷が叩いた。
「ハチ。君のその発言も、僕には結構刺さっているよ」
不和は苦笑いを竹谷に向ける。
「でも、さっきの会話に光明があったと俺は思うが」
竹谷の隣で、久々知がそう言った。
「善法寺先輩の近しい間柄の解釈が『保健委員会で関わることが多い』だろ?あれから進展は無いんじゃないか」
「嘘だろ?あんな公衆の面前で思いを告げてんのに?」
久々知の冷静な分析に、竹谷は呆れたと、少し仰け反る。
「まあ、あの人なら多分、ありえるんじゃないか?」
「ああ、うん」
何となく皆納得してしまう。
「つまり、まだ雷蔵には機会があるかもってことだな!」
「ただし、三郎には知られない様に注意しないと、だな」
笑い合う久々知と竹谷に対し、不和は困ったような、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべていた。
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