いしゃたま!
□それは事の起こりのひとつ
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捏造三反田両親及びに既存キャラの過去捏造があります。
それは、
今より四年前の事。
がたりという音と共に現れたのは優しく笑う姉。
「なあに?数馬ったら、隠れ鬼?」
「…………」
さっきまでの、数馬と父とのやり合いを聞いていない筈などないだろうに。
そんな風に茶化す姉、ちどりを、数馬は泣き濡れた目で見返した。
「横、入るわよ」
そう言ってちどりはよいしょっと呟きながら数馬が座る押し入れの中に入ってきた。
小柄な質の彼女はなんなく身体を納め、そろっと引き戸を僅かに隙間を残して閉める。
「数馬、最近泣かなくなったと思ったら、ここが秘密の場所かあ。父様、母様には内緒にしておくわね」
戸の隙間からの光が囁き声で話すちどりの頬をぼんやり照らしている。
妙に美しい光景だと数馬は鼻を啜りながら思った。
「忍術学園ね……姉さんもびっくりした。でも数馬のことだもの。良く考えて決めたんでしょう?」
数馬はその言葉に先程の父との喧嘩を思い出した。
忍術学園の名を聞いたのは何処であったか、今はもう思い出せない。
なに不自由ない草座の家の長男が何故わざわざ忍の学舎で学びたいと言い出したのか、
「……あっちならもっと本格的に薬について勉強出来るみたいだし…………僕が強くなれば、皆を守れる」
そう涙声ながらもはっきりと言う数馬に、ちどりは堪らない気持ちになり頭をよしよしと撫でる。
三反田家は大名家の出入りも多く、きな臭い物事を見聞きしたり関わりを持ったりする機会が多い。
今後、もし大きな戦が起きた時、薬を扱うそこそこに大きなこの家がどのような立ち位置になるのか、この幼い弟は良く理解しているのだ。
「父さんは、分からず屋だ。僕のしたい事なんてどうでもいいんだ」
ぶすっとした顔でそう言う数馬にちどりは困ったように笑い、暫く思案するように彼方を見た。
「……ねえ、数馬」
「なに?姉さん。」
「面白いもの見せてあげようか」
ちどりは数馬に、その後ろにある行李を取ってくれと言った。
数馬はその小さな箱をそっと取りだし、膝に乗せた。
「数馬の秘密の場所は、姉さんの秘密を隠してる場所でもあるのよ。開けてみて」
姉に促されて蓋を開ける。
「……産着?」
確かに産着ではあるが、仮にも平民の家にあるものとしては似つかわしくない豪奢な織りの入った分厚いそれを、ちどりは何とも言えない表情で撫でる。
「これは、父様が十二年程前、地蔵堂で知らない女の人から託された赤ん坊が着ていたもの」
数馬は、ぱっと、五歳年上の姉を見る。
改めて気づいた。
彼女の顔立ちは父にも、母にも、数馬にもあまり似ていない。彼女は肩を竦めて笑う。
「父様には、私が話したってことは内緒にね。数馬にはあまり教えたくないと思っているみたいだから」
ちどりは産着の裏に糸で軽く留められた小さな文を開く。
「「これは、お金に代えて下さいませ。どうかよろしくお頼みします。」だって、父様も早く売るなりなんなりしたら良いのに、できないみたい。迷ってるみたいね」
「ちどり姉さん」
「ね、数馬。こんな、血の繋がりもない、見ず知らずの人からいきなり託された赤ん坊を、ここまで育てた父様と母様が、本当の子の数馬の事を考えていないと思う?」
ちどりは再びそっと産着を閉まった。
「私達は最強の絆がある家族なの。数馬と私は最高の姉弟よ。もう一度父様と話をしましょう?姉さんも着いていってあげるから」
「そうか……ちどりは、そう言っておったのか」
三反田数馬の、その父は、数馬が話し終えた後、憔悴しきったように細く、小さな声でそう言った。
忍術学園保健室には既に六年生六名と、タソガレドキの若い忍、諸泉尊奈門が出払い、部屋には数馬、三反田夫妻、保健医の新野、そしてタソガレドキ忍軍忍組頭、雑渡昆奈門のみである。
「本当に……直ぐにでも売ってしまうなりすれば良かったのだ。何処から授かったとしても、ちどりは私達の娘だから……できなんだのは託された事を忘れてしまうのが偲びなかったから…………あの産着をどうこうしようとする度に、まだ少女の様に見えた女の幽鬼のような、必死に懇願する眼差しが浮かんできた」
そう誰彼ともなく呟く、三反田家の主人を、雑渡はじっと見つめた。
「………詳しくお聞きしても宜しいかな」
三反田家の主人は揺れる瞳を雑渡と、数馬に向けて、静かに一つ頷いた。
「あれは、商いの帰りの事だった」
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