いしゃたま!

□動き出したもの
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捏造三反田両親、オリジナルキャラ、流血・暴力表現あり。


 商いが終わり、さあ帰ろうと母様と連れだって暮れなずむ町の中、家路を急ぐ。

「ねえ、こんな店あった?」

「あなた達がいない間にできたのよ。あら、見て。この貝紅可愛いわねえ」

「本当だ。あっちの古着屋も割りに商品が綺麗よね」

「あら、本当。帯で良いのはないかしら」

 ……とはいっても母様も私も結構寄り道が好きなので、足は良く止まる。

「あ、花売りよ」

「まあ、綺麗ねえ。少し買っていきましょうか」

「父様の気慰めになるかもね」

 数本の花を買い、買ったからには今度こそ早く帰ろうと、家への道を真っ直ぐに帰った。

「只今戻りました」

 家の玄関先で声をかけた。

「……あれ?」

 数馬の出迎えがない。
 家の中が異常に静かだ。

「お前さん、数馬。帰りましたよ……どうしたのかしら」

 母様も首を捻っている。

「……母様は、此処にいて」

 (わず)かな胸騒ぎを感じた私は、母様を玄関先に待たして、家の中に足を踏み入れる。

「数馬……いないの?」

 ぎっ、ぎっと床板が軋む音だけが耳に痛く響く。

 父様が寝ている筈の部屋にそっと入る。

「父様……?」

 布団がもぬけの殻だった。
 動くのはまだ難しい筈だ。先ほどよりも胸のざわつきが強くなる。



「……あっ」


 私の目が床の一点に吸い寄せられた。そこからやおら心臓の音が早くなる。



 床に点々と落ちた、赤い、




 がたり。

 と物音が玄関先から聞こえ、私は反射的に(きびす)を返す。

「っ、母様っ!!」

 玄関へ急ぎ戻ろうとした私の足は次の瞬間ぴたりと止まる。

「そうだ、賢い。そこで止まれ」

「……!!」

「叫ぶんじゃないぞ。大事なお母様の首が飛ぶことになる」

 知らない男が母様の口を押さえ、その首に刀を突き付けている。
 その後ろからも数名の男達がやって来て、あっという間に私も羽交い締めにされた。余った男達は私達の周りを固める。
 母様が潤んだ目で私を見ている。
 私はそれに頷いた。直感的に分かったのは、狙いが私にあるらしいということ。

「……強盗にしては、大所帯ですね。何者か聞いても良いですか」

「ほう、死を間近にその目付き、懐かしいの。あの女を思い出す」

 母様を取り押さえている中年寄りの男がにやりと笑う。
 体格が良く、顔には無精髭が生えている。

「何者かと聞いているんです」

「予想は着いているのではないか……?」

「……忍者ですか」

 男の弾けた様な引き笑いが答えだ。
 解せぬのは目的だが、それよりも早急に確かめなくてはいけないことは。

「父様は、数馬は何処です!?」

「ふむ。お父様には逃げられてしもうたよ。弟ぎみはそうだな、これが答えだな」








 男の後ろからどさりと床に落とされたものを見た時、つんざくような悲鳴が一瞬、聞こえた。
 私の口を押さえる男達の手で、それは私の叫びだということだと分かった。

「叫ぶな、と言うたろう」

「ああ!いや!嫌だ!!数馬、数馬、数馬、数馬あ!!」

 男の声は耳に入らない、押さえる手からもがきながら数馬の、床に伏せた弟の元へ身体を前直りに倒そうとする。

 床に伏せた数馬の表情は見えない、脇腹には赤黒い染み。
 そんな、嫌だ。この子だけは、この子だけは止めてくれ。

「離せっ!!数馬!!!」

「まあ、落ち着け。大丈夫だ。まだ死んでない。まだ、な」

 床に身体を押し倒され、私は唸る。
 母様がぼろぼろと涙を流しているのが視界の端に見えた。

「泣かせるな。紛い物といえども、やはり大事なのか」

「何の話しっ……!」


「大人しく我々の言うとおりにするなら、お母様も弟ぎみにもこれ以上は手出ししない。ちどり、様と言った方が宜しいかな」

「何が目的だ!何、が……!?」

 男達の一人が私の目の前で拡げたものに思考が止まる。

 それは産着だった。しかし、豪奢な織りの入った分厚いそれは、平民のものというよりは貴族や大名のそれを思わせる。
 その産着には文が縫い付けられている。
 それが、何を意味しているのかを、私は良く知っていた。


「これが何なのか分かるのだな。つまり、」

 男の冷たい目が私を射ぬいた。

「お前は自分が何者であるか分かっているということだな」

「私、が、」

 ひゅっと喉がなる。

「そうさ」

 男は哀れむような眼差しと嗜虐的な笑みを同時に浮かべる。

「これは、お前が、お前であるせいだよ」

 ああ、これは、母様、父様、数馬。
 私が、私のせいで。

 歪んだ視界に数馬が僅かに身動ぎしたのが見えた。


「か、ずま」

 その瞬間、部屋に閃光が満ち、何もかも光の中に消えていった。
 身体が何かに持ち上げられるのを感じながらも私は何の抵抗もすることができなかった。

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