いしゃたま!
□備えあればなんとやら
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「では、潮江君。御手柔らかに……」
「おう」
後ろから羽交い締めに近い状態にされた形になった。
力は殆ど入っていないから痛くはないけど、密着度が高くて正直この体制は恥ずかしいものがあるな……。
ていうかそれを見ている数馬の表情が怖いです。
「では、ちどりさん、この様な場合の対処はどうなりますか」
「え、えっと……」
確か相手の足の甲を踏めばいいんだっけか。
「よっ、と。すみません、潮江君」
ぎゅっと潮江君の左足の甲を踏んだ。
「…………」
「え?合ってますよね!?」
沈黙されると不安になるじゃないか!
「…………のか」
「は?」
「お前、嘗めてんのかあ!!!?」
「は、はいいいい!?」
いきなり潮江君に怒鳴られました。
「何だ、その申し訳程度の踏み方は!?痛くも痒くもないわ!!これは実践だぞ本気で来んか!!!!」
「えっ!?だ、だけど、」
「だけども糞もあるか!敵はいつ襲ってくるか分からんのだぞ!!もっと全体重を掛けろ!俺の足を親の敵と思い、潰すつもりで踏めえ!!!」
「分かった!!分かりましたよ!!」
耳元で怒鳴らんでくださいよ!!
「おりゃあっ!!!」
ドンと思いっきり足を突き下ろした。
ごきゅうぅっ!!
ちょっ!?変な音したよ!?
「うぐっ……!!」
潮江君の手がぱっと離れた、膝に手を着いて中腰の姿勢になる。
「わわわわ、すみません!潮江君大丈夫ですか!?筋に異常とか腫れたりとかしたら、」
「…っ問題ない!!……なかなか良い踏みだ。ちどりさん」
「は、はあ」
此方に顔を向けにやりと笑う潮江君。脂汗かいてるみたいだけど、本当に大丈夫なのかい……?
「文次郎……前々から素質はあると思ったら、やはり貴様、被虐趣味か」
「た、立花先輩!?」
ぎょっと数馬が座っていた木の根本から飛びずさる。
「仙蔵!!何時からそこにいた!?」
立花君が数馬が先程まで下に座っていた木の、その繁った枝の間から逆さづりで顔を出した。
「文次郎がちどりちゃんに踏んでくれって懇願している辺りからだな!」
「小平太あ!?」
七松君もその隣に顔を覗かせた。
「なんとおぞましい……!ちどりさんに足を踏まれて喜ぶお前の姿!そんな己れの性癖にいたいけなくのたま二人ばかりかちどりさんまで付き合わせようとは!!」
「あ、あの!立花君、これは違、」
「いーってやろ!いってやろ!いさっくんにちどりちゃんが変態もんじに絡まれてるっていーってやろ!」
「ほう、それは良い、ついでに他の六年生の面々にも罷り伝えようではないか!」
人の話を聞きなさいよ二人とも!!
「お、ま、え、らあああああ!!」
「なはははは!変態もんじが怒ったあ!」
「ずらかるぞ」
立花君と七松君が木から飛び去り屋根づたいに走って逃げていく。
「待ちやがれええええええええええ!!!」
「あっ、潮江君!?」
潮江君も苦無を懐から取りだし、それを振り回しながら二人を追いかけて走り去っていった。
嵐が去った様な静けさの中、私達残された四人は呆然と立ち竦んでいる。
「これって私のせい……?」
「いや、姉さんは悪くないでしょ」
「全く、七松先輩も立花先輩も悪ふざけが過ぎますね」
「大方、潮江先輩が回復なされて嬉しいのでしょう」
四人で顔を見合わせて誰彼ともなくははは、と苦笑いを溢した。
その後はなし崩し的に一同解散となり、私はトモミちゃんとソウコちゃんと一緒にくのたま長屋でお茶を飲んでいる。
「はい、どうぞ」
「うわあ!良いんですか!?」
「ええ。頂き物だから遠慮なくどうぞ」
調度食堂のおばちゃんからお饅頭を少し頂いていたので、講義のお礼に二人にあげることにした。
「いただきまっす!」
「ソウコ、あんた少しは遠慮しなさい。本当によろしいんですか?」
「ええ。今日のお礼だから、」
「あら、あんな中途半端になってしまったのに、」
トモミちゃんは申し訳なさそうにしていたが、再度勧めたら、にこっと笑って手にとってくれた。
「しかし、潮江君とソウコちゃんが仲良しだとは思わなかったわ」
「ぶっ!?……うっ!」
「ちょっ、ソウコ!」
「わわっ!大丈夫!?」
ソウコちゃんがお饅頭を喉に詰まらせて慌ててお茶を渡すとぐびぐびと飲み干した。
「な、ななな、仲良しぃ!?」
「ソウコ汚い」
「じゃないの?」
「あれをどう見たらそうなるんですか!?」
ソウコちゃんはばん!と力一杯床を叩いた。
「いや、確かに喧嘩ばかりしてる感じだったけど、なんていうのかな。息が合ってるというか、お互いに遠慮が無いっていうか、特に潮江君があんな感じだとは意外だったな」
「だっ誰が!あんな野暮天!!」
だって聞いてくださいよ!とソウコちゃんは鼻息荒くまくし立てる。
「こないだの実習で大怪我したって聞いたからお見舞いに行ったのに、あの人私の顔見るなり何て言ったと思います!?……また太ったんじゃねえか?ですよ!!信じられます!?私がどんだけ……」
「心配してたのね」
「う、うう……」
「潮江君、元気になって本当によかったわね」
「う……はい」
ソウコちゃんはみるみる赤くなっていって、それが可愛くてついついからかってしまった。
いやしかし、本当に意外というか隅におけないね潮江君。
「……私達くのいち教室も、この二人に関しては暖かく見守ろうって思ってるんですけどねえ」
二人とも素直じゃないので、と、トモミちゃんはお茶を啜りながら苦笑いをした。
「そっ、そういうちどりさんこそ!最近は善法寺先輩とどうなんです!?」
「どぅっ!?」
ソウコちゃんの思わぬ反撃に今度は私が狼狽える番だ。
「ああ、それ、私も気になっていました」
「え!?な、何で!?」
「善法寺先輩はうまーく隠してるつもりでしょうし、事実、忍たまには殆ど隠せてるみたいですが、私達くのたまの目は誤魔化せませんよ!!」
さっきまで赤くなっていたソウコちゃんが勝ち誇った様に胸を張る。
「あの、トモミちゃん、前みたいなのはちょっと……」
以前の土井先生を巻き込んでしまった一騒動を思いだし、おずおずとトモミちゃんを見ると、トモミちゃんは頭を下げた。ソウコちゃんも同じくぺこりと頭を下げる。
「その節に関しては、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「え」
顔を上げた二人は申し訳なさそうに眉をハの字にしている。
「謝る機会が無くて、遅くなってしまいました。実はあの後、私達、シナ先生にお叱りを受けたんです」
「シナ先生に?」
「はい、曰く、人の恋路等の個人的な話に首を突っ込むなんて野暮な上に端ないと」
「……すっごい恐かったです」
ソウコちゃんは自分の腕を抱いてぶるっと震えた。
「本当にすみませんでした」
「ちどりさんのご都合も考えず勝手なことをしました」
二人はまた頭を下げるものだから私は慌てて手を振った。
「そんな……もう終わったことだし、私も曖昧な事を言ったからなんだからもう気にしないで頂戴な」
「……はい」
二人はゆっくり顔を上げて申し訳なさそうに笑った。
それからソウコちゃんが少し遠慮がちに口を開く。
「……で、そのお、どうなんですか?善法寺先輩とは?」
あ、そっちの話は終わってないのね。
トモミちゃんも興味津々って感じの顔をしている。
「さあ……どうでしょうねえ」
まさしくお茶を濁すである。
でもそれが今の私の心情だった。いったい私はどうしたいのだろうか。
二人は何か言いたげに顔を見合わせていたのだけれど、結局それ以上は何も聞いてこなかった。
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