いしゃたま!

□備えあればなんとやら
1ページ/3ページ


 六年生の実習から三週間程が経った。

 それぞれが受けた傷も漸く癒えて来たところ。
 私、三反田ちどり十七歳女子は人生始めての経験をすることとなるのでした。

 それは、昨日の学園長先生のお達しに端を発します。


「護身の、術、ですか?」

「うむ」

「私がそれを習うのですか?」

 思わず聞き返してしまった。

「なに、そんなに身構えんでも、組手をしてもらう訳でもない、ごく簡単なものだけじゃ」

「はあ」

「ちどり君は豪気(ごうき)なのが良いところではあるが、後先がないというか、身を守る術をもたない癖に気は大きいというか……」

「は、はあ」

 耳に痛い話だ。
 成る程、つまりこないだのドクタケの件や実習の件のような事態が起きた場合、確かに私は身を守る術がないのだ。誰かがいつも守ってくれるとは限らないだろうし。
 そういえば、タソガレドキの雑渡さんも以前、闘う術のないものが無茶をするなと言っていたな。

「お心遣い有難うございます」

「うむ、金瘡医(きんそうい)を目指すのであればなおのこと、多少の心得はいるじゃろうて」

 という訳で、本日の放課後から、四半刻(しはんとき)くらいの時間を使って少しずつ初歩的な護身術を学ぶことになった。
 それを教えて下さる講師というのが、

「では、よろしくお願いします。トモミちゃん、ソウコちゃん、それと、潮江君」

「おう」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 くのいち教室の二人と怪我から復活した潮江君である。
 トモミちゃん、ソウコちゃんはくのいち教室でも腕っぷしに自信があるからと、講師に申し出てくれたのだ。特にトモミちゃんは一度に十人を相手にできるくらい強いんだとか。

 そして、潮江君は怪我の復帰からの身体慣らしの為に講師に任ぜられたそうだ。

「三人とも、ちどり姉さんは全くの素人なんですから御手柔らかにお願いしますよ」

 ああ、忘れちゃいけない。数馬も何かあった時の為に薬箱を持って側に控えてくれている。
 なんだか至れり尽くせりだ。

「三反田、言われんでも分かっている」

「まあ、潮江先輩はともかく、私達は心配ないですよ。数馬先輩」

「おい、そりゃあどういう意味だソウコ」

「そのまーんまの意味ですけどお?」

 ぎりぎりと睨み合う潮江君とソウコちゃん。
 あらら、二人は仲が良くないのかしら?

「……以前、潮江先輩がソウコの足音から体重を当てようとして、それを根に持ってるんですよ」

 トモミちゃんがそっと耳打ちをする。
 成る程ね、そりゃ潮江君が悪いわ。乙女の繊細な問題に対して野暮過ぎる。

「ま、ソウコも一度ボコボコに先輩を伸してるんですけどね」

 お、おう……。

「さあ。潮江先輩、ソウコも仲良く喧嘩してないでさっさと始めますよ。」

 トモミちゃんのそんな声かけに二人はばっとこちらを見る。

「「仲良くないわ!!」」

 声が被った。
 うーん、あれだね。似た者同士ってやつかな。




「では、ちどりさん。先ずは私達がお手本を見せますね」

「今回、潮江先輩は不貞な輩役、私とトモミちゃんはか弱い乙女役でーす」

「……誰がか弱いって?」

「……あ?」

「二人ともいい加減にしなさい」

 色々と先行き不安だが取り合えず、最初に潮江君とソウコちゃんがお手本を見せてくれ、トモミちゃんが解説してくれることになった。
 本当は仲良いんじゃないのか君達。

「では、潮江先輩。ソウコの腕を握って下さいますか」

 潮江君がソウコちゃんの両手首を掴む。

「良いですか、ちどりさん。まずこの様な場合ですが、相手からの拘束をって……こら!ソウコ!!」

 トモミちゃんの解説無視でソウコちゃんが足を思いっきり振り上げた。
 潮江君はばっとソウコちゃんの腕を回してくるっと彼女の身体を回転させたからその足は空しく宙を掻いただけだったけどね。

「あらあら、何を踊っていらっしゃるんですかソウコさん?」

「うふふ、喋り方うっとおしいですよ?」

「うるせー。いきなりどこ蹴ろうとしてやがるんだ、こら」

「まあ、乙女の口から言わしますか!?」

「何処に乙女がいるって?」

金的(きんてき)ですよ金的!ひとおもいに金的を蹴って差し上げようとしたんですよ!!」

女子(おなご)が金的連呼すんなバカタレ!!!」

「あの、二人とも、」

 二人はがしっと手を組み合わせて言い合っている。

「……とまあ、この様に男性に対しての金的蹴りは非常に有効ですが動きが大きいので見切られやすいのと、やはり慣れていないちどりさんは心理的抵抗が大きいでしょうから無理にしなくてもよろしいかと思います」

「解説は続けるのね、トモミちゃん……」

 冷静に解説をしてくれた後、トモミちゃんは軽く溜め息をひとつ吐いて、きっと二人に目を向ける。

「ソウコ、講義にならないわよ。私にちょっと代わりなさい」

「う……はあい。すみませんちどりさん」

「う、うん。仲良くしてね……?」

「「それはどうでしょうね。」」

 また二人とも被りました。



「では、先程の様に、腕もしくは手首を捕まれた場合です」

 トモミちゃんが潮江君に手首を握られたまま説明してくれる。

「この場合、足の自由が利きますので、このように、」

 ぽんと、軽く潮江君の脛にトモミちゃんが足を当てる。

「で、相手が怯んだら、手をこうして拘束を解きます。」

 手をばっと上に払って潮江君の手が離れた。

「な、成る程……」

 見てる分には簡単だけどできるかどうかは正直不安だ。

「ちどりさんは人間の急所はご存知ですか?」

 ソウコちゃんが私に問う。

「勿論です」

 私は頷いた。
 仮にも医者見習いである、人間の弱い場所は基本事項だ。

「ええと……目、鼻、首、股関、膝、脛、だよね?」

「ああ、そうだ。要は難しい事抜きに言えば、それらの内のどれかを狙えば良い訳だ」

 潮江君が頷きながら言った。


 その後も、この様に捕まれたらや、こちらから襲われたら等、色々な状況の動きを教えてもらった。

「なんとなく、要領は分かってきたかも」

「では実践してみましょうか」

「え?」

 ソウコちゃんが肩を回しながら言うのに思わず聞き返す。

「頭で理解していても実際の動きを身体に慣らさないといけませんよ」

 トモミちゃんがにっこりと笑う。

「いざというときに使えないと意味がないからな。考えなくても自然に動けるようになるためには実践あるのみだ」

 と潮江君。
 そ、それは、そうなんだろうけど。

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ