いしゃたま!

□薬師如来の元に
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「あれれー?学園にいるはずの女の子がいるんだけど、なにこれ幻覚?」

「う、うう……すみません。」

 洞穴の入り口に立つ雑渡さんから向けられる視線が痛い。
 その目はちらりと潮江君を見てまた私に戻されて大きく溜め息を吐いた。

「全く……因業(いんごう)な子だよ」

「雑渡殿、何故貴方がここに……」

 立花君が緊張した顔で問う。
 中在家君が然り気無く私と潮江君を背中に隠すように立った。

「あれ?知らない?ホシカゲはうちと同盟国なんだけど」

「え!?」

 三人の顔が驚愕している。
 本当に知らないみたいだ。

「まあ、つい最近の事だしね。それがこんなことになるとは、いやあ、参った参った」

 あまり参って無さそうな雰囲気だけれどまた雑渡さんは大袈裟な溜め息を吐く。

「さて、潮江君だけど。ここから程近い所に私の部下を待たしている。今から準備をさせるからちょっと時間は掛かるけど匿って運んであげよう」

「……」

 三人の顔は険しい。雑渡さんの事を明らかに警戒しているのが分かる。

「ねえ。皆。雑渡さんは忍たまの味方なんじゃないですか?」

「そうそう味方だよー」

 私の問いに立花君が此方を見やる。

「確かになんの因果か懇意にして頂いてはいますが、飽くまでそれは一次的なものでしょう。敵というわけではありませんが、」

「完全に味方という保証はないっ!」

「……全幅の信頼は、置くべきでは、ないのです」

 三人の睨みに雑渡さんは肩を竦める。

「やれやれ、おじさんも警戒されたものだ。では、今回は善法寺伊作君からの頼みだといっても信頼はされないかな?」

「善法寺君、無事なのですか!?」

 思わず声を上げた私に雑渡さんはにっこりと笑う。

「ああ、無事だったどころか相変わらず敵にも関わらず手当てをしてたみたいだよ」

 三人が呆れた様な溜め息を吐く。

「伊作君は私達と会った後、先に帰路についたけれど、他に仲間が残っているだろうから助けてほしいって頼まれちゃってさ。保健委員会委員長長殿の頼みなら断るわけにはいかないからね」

 そうなのか。どれ程権限があるんだ保健委員会……。

「さて、校医助手殿のご意見を聞きたいな。私から見ても彼は移動させるべきかと思うけれど」

 雑渡さんが私にふる。三人も私をばっと振り返った。

「ええ、安全な方法であるならもっと衛生的で安心できる場所に早急に連れていくのが良いとは思います」

「ちどりさん」

「大丈夫ですよ、皆。先程雑渡さんが仰った同盟国を滅ぼされたというのが事実なら、タソガレドキは今てんやわんやしてる事でしょう。そんな折りに皆に危害を加え下手に学園を敵に回すような事なんてしない筈です」

 雑渡さんと目が合うと楽しそうに片目を細めた。

「うーん……本当に聡い子だね君は」

「……信頼しても、よろしいんでしょうか」

 中在家君の問いに雑渡さんが頷いた。

「心配なら君らも潮江君と同行を共にしたら良いよ。ちどりちゃんは私と一緒に先に帰ろう、と言いたいところだけど」

 雑渡さんは洞穴の外に一歩踏み出し、背後に目をやる。

「適役がいるから、彼にお願いしようか」

 雑渡さんの後ろにいつの間にか、青年が立っている。
 思わず見惚れそうな美青年だけれど、その目元は誰かに良く似ていた。





 さて、七松小平太、中在家長次、立花仙蔵、そして現在は意識を半ば手放し眠っている潮江文次郎。

 彼等が対峙するのはタソガレドキ忍軍忍組頭雑渡昆奈門。

「さて、雑渡殿。改めて問います……ちどりさんはああ言ってはいましたが、その有事の際だからこそ、学園に助力頂けるとは、さて、いったいどの様な腹積もりか」

 立花の声がひやりと洞穴に響く。
 最優先に守るべきであり、また怯えさせるべきではない彼女が、三反田ちどりが先に帰路に着いた今、覇気と警戒は押さえる必要は無い。

「だーかーらー。善法寺君に頼まれたからって言ったでしょう」

 そんな恐い顔しないでよと雑渡は飄々とした雰囲気で頭をやれやれとふる。

「だからそれがおかしいんだ。忍組頭が同盟国との有事の際に学園を助けることになんの利益がある」

「……貴方は義理堅いが、個人的な感情で、動くような方では無い筈」

 七松小平太と中在家長次が静かに雑渡を睨む。
 潮江が僅かに唸った。立花はぴくりと目だけ動かして潮江を見やった。

「……本当にそう思う?」

 雑渡の動かぬ片目からは感情は読めない。

「確かに伊作君が思っているほど私は情け深い奴ではないけれど、君達が思っているほど人間は捨ててはいないつもりだ……人の感情とは複雑なものなんだよ」

「何のことだ?」

「加えて言うとしたら、復讐は鬼を育てるということぐらいかな。後は伊作君から聞けば良いよ。私は何もできなんだ奴らしく最後まで周りをうろうろとするだけさ」

 その妙に自嘲的な言葉に三人は戸惑う。
 常に飄々と掴み所がなく、それ故に彼等には遠く及ばぬほどに強いこの男に、その表情は、言葉は似つかわしくなかった。
 だが、それは一瞬のことで、直ぐに何時もの無表情に戻った。

「さて、君達がどう思っていようと、我々の手を借りないと彼を連れて無事に学園に帰るのは難しいと思うけどね。ここは忍たまらしく、我々を利用すればいいんじゃないの?」

 潮江の呼吸はまだ少し粗い。
 立花は悔しげに唇を噛み、そうして諦めた様に言葉を紡いだ。

「無論、そうさせて頂きます」











「さあ、もうすぐ学園が見えてくる筈です」

「はい、有難うございます」

「随分時間が掛かってしまいましたが、お疲れではありませんか?」

 私を気遣うように振り返った利吉さんに大丈夫だと頭をふった。
 利吉さんはなんとあの山田先生の息子さんだそうだ。通りで目元が良く似ている。
 しかし、こんな立派な息子さんがおられるなんて知らなかったから驚いた。
 私はそんな利吉さんに連れられ、実習地から大きく迂回する道を使い、学園への帰路を歩いている。


「父から話を聞いていて。一度、ちどりさんとお話をしたいと思っていたんです」

 こんな形になってしまいましたがと苦笑するその表情は若い娘さん達が黄色い叫びを上げそうだ、いや、私も若い娘か。

「そうでしたか。山田先生はどんな話を?」

「学園生徒からも良く慕われていて、利発でくのいち並みの度胸があり、加えて器量も気立ても良いと」

「そ、それは誉めすぎです」

 思わず顔が赤くなる。

「ただ、ちょっと後先を考えないところがあり危なっかしいとも」

「ああ……はい」

 山田先生、良く分かっていらっしゃる。

「始めて会ったばかりの私が言うのも失礼ですが、貴女が危険な目に会うのを悲しむ者がたくさんいるんです。どうか、そこだけは良く考えて下さい」

「……はい」

 ああ、ほら。と利吉さんが指さす先に私は視界が滲むのを感じた。

「数馬……、それに皆!!」

 学園の門前に数馬と三年生、二年生の子達が集まっている。
 数馬に抱きつくとぎゅっと抱き返してくれる。温かくて柔らかくて安心した。

「本当に阿呆だな。ちどり」

「鉢屋君」

「ちどりさん、ご無事でよかった」

「無事に帰って来れたって思ったらこれだもんなあ。孫兵らに聞いて肝が冷えましたよ!」

「不破君に竹谷君も」

「幸いな事に重傷者は比較的少ないですが、怪我人が多い事に変わりありません。手が足りないのですから存分に働いて頂きますよ」

「新野先生!ご無事だったのですね!!」

「ええ、利吉君にご助力頂きまして」

 学園の門から次から次へと優しい笑顔が出てくる。
 小松田さんが出門表にサインをー!と叫んでいるのが聞こえて思わず苦笑いをした。

「ちどりさん」

 そして、そんな騒がしいなか聞こえてきた声に私の心臓が僅かに跳ねる。

「……善法寺君」

 彼は私を見て、一瞬、複雑そうな表情を浮かべたが直ぐに穏やかな笑顔を浮かべた。

「お帰りなさい。そして、ただいま戻りました」

 私は涙を堪えながら笑う。

「お帰りなさい。善法寺君。無事に帰って来てくれて、ありがとう」

 彼は陽だまりみたいな顔で微笑んだ。

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