いしゃたま!
□懇願
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忍術学園一年は組の担任、土井半助は目の前の少女に対して感謝の意とわずかな感慨めいたものを懐いていた。
六年生の実習における不足の事態。何が起きるか分からないのが忍の世界であると理解しながらも、これには教員達も激しく動揺していた。
中継地との連絡も取れず最悪の事態すら考えられる状況だった。
早急に対処を執り行うべきとして、五年生、四年生には有無を言わさぬ通達を出すことに至った。
しかし、教員達が動揺しているというならまだ子供の忍たまでしかない生徒達の不安は如何ばかりであろうか。
通達を出した時、彼等の動揺と不安を目の当たりにして土井は「しまった」と感じた。
このままだと生徒達の士気が削がれる。それはこの事態に置いて避けなくてはならないことだった。
彼等の士気を保つ為の次の言葉を考えていた、その時である。
「大丈夫よ。きっと大丈夫」
不安に身を震わせるまだ幼い弟を撫でながら彼女が言った。
彼女の柔らかく安定した少し低い声はその根拠の無い言葉を信じさせるような響きがあった。土井は部屋の生徒達の気が少し和らぐのを感じた。
そして、五年生達にはその責任感に、四年生達にはその尊厳に響く言葉を紡ぐ。
彼等の特性や扱いを良く分かっている。
彼女はこの場においてどのような言葉が、声が必要か理解しているのだ。
不意に聞こえた小さな溜息で我に返った。
部屋には既に彼女と土井しかいない。
「有り難うございますちどりさん。生徒達の士気を良く保って下さいました」
それは本来は教師である己の役目である。土井は情けなさに自嘲気味に笑った。
彼女はそんな土井を見て、ゆるく頭を振る。
「新野先生の教えですから」
「新野先生の」
そうだ。彼女の師である保健医もまた連絡と安否が危ぶまれる者の一人である。
「医者は如何なる時も不安を見せてはならない。助ける側が諦めては患者はすがるものが無くなる、と。だから、本当は私も今、とても心細いです」
ほら、と彼女は自身の手を土井に示す。
その掌にはくっきりと爪の痕が残っていた。
「手を握っておかないと震えてしまいそうでしたから」
そう苦笑する彼女の手は、毎日薬を扱い、包帯を洗う為にかさついている。思わずその手を土井はそっと握った。
見掛けよりも小さな手だがそれはとても温かい。
「必ずや、全員無事に戻らせましょう」
「土井先生も向かわれるのですね……どうかお気を付けて」
彼女はそう柔らかく笑う。不安をひた隠しにするその笑顔を守る為なら何としてでも無事に帰ろうと、そう思わせる表情だった。
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