いしゃたま!

□紫色の奴等と懸念事項再び
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「ちどりお姉さん!!!」

「無事で良かったです!!」

「二人とも、誰に聞かれるか分からないんだから静かに、でも、良かったです、本当に…!」

「おっおう!?」

 大変だった田植え休み初日を終え二日目の朝。
 眠たい目を擦りながら、くのいち長屋との境界に出たとたんそこに待ち構えていた左門君、藤内君、孫兵君に抱きつかれています。

「実は昨日、ちどりお姉さんと善法寺先輩のことを尾行していたんです!!」

「えっ!?そんなことしてたの?貴方達」

 何時ものように迎えに来てくれた数馬を見ると罰の悪そうに首を竦めた。
 それは、昨日、学園長先生の庵で見せた表情と同じで「ああ、」と合点がいった溜め息みたいな声が出る。

「すみません、数馬が凄く心配していたので」

「尾行の予習にもなると思ったので………それがあんな事が起きるなんて、本当に無事で良かったです」

「そ、そうなんだ。凄いわね、全然気付かなかったわ…………」

「姉さん、ごめんね」

「「「ごめんなさい」」」

「う、うーん……」

 申し訳なさそうな顔をする四人がなんだか可愛いくて、思わず頭を一人ずつ撫でた。

「そうだったのね。私は特に気にしてません。凄いなとは思うけど。それより孫兵君が言った通り、この事は聞かれてはいけないって言われてるから、誰も怪我がなくて良かったってことでもうこれぐらいにして、朝御飯にしましょう?」

「……はい」

 三人はまだ申し訳なさそうな、でもちょっと照れくさそうな顔で笑った。



 休みの間は食堂も閉まるので、数馬や三年の子達の厚意で、三年長屋で一緒にご飯を炊かせて貰っている。
 左手は左門くん、右手は数馬と繋いでいるという幸せ極まりない構図だが、左門くんの迷子防止の為でもあるので左半分には結構力がいる。
 孫兵君が左門くんの腰に縄を着けてはいるのだけれど、ていうか、何度見ても不思議な状態だ。


 持ち寄った米を雑炊にして朝御飯にした。
 雑炊を啜りながら数馬をちらりと盗み見る、特に普段と変わらない様子に見える。

 やっぱり、昨日のは聞かれなかったのかな。

 昨日の善法寺君との会話を思い出して、少し胸がざわつく。

 どんな顔して善法寺君に会えばいいんだろうな。
 胸のざわつきを押さえるつもりで、雑炊を一気に掻きこんだら盛大にむせた。

「ちどりお姉さん、はしたないですよ。」

 …………孫兵君に言われると、へこむな。




 さて、六年長屋では、朝から立花仙蔵の苛立った声が響いていた。

「おい、留三郎。朝食を無事に食したいのならば伊作を釜戸に、いや私に近づけるな!!」

「おい、大丈夫かよ伊作」

「……ごめんよ。仙蔵」

 立花の煤まみれの手に襟首を捕まれ、土間の外に放り出された善法寺伊作は同じく頭の先から足の先まで煤まみれである。

「今日は不運というより注意力散漫だ。顔を洗って頭を冷やしてこい!!」

 とぼとぼと井戸の方へ歩いていく善法寺を見送った立花はそのままぎろりと三人の男に目をやる。

「お前達もだ!!その小汚ない姿で、私が作った食事にありつけると思うなよ!!」

「作ってるのは仙ちゃんといさっ君だろー?」

「いや……………伊作は……今日は邪魔しか、していない……」

「良いから!早く身を清めてこんか!」

 立花に睨まれた七松小平太、中在家長次、潮江文次郎は日課である夜間の鍛練の為に身体中泥だらけである。

「細かいことは気にするな!!」

「これしきでぎゃんぎゃんと……忍者がいつも身綺麗な状態で飯を食えるとは限らんだろう。女子(おなご)じゃあるまいし、がたがたぬかすな」

 ドスッという鈍い音と共に、潮江と七松の足の間の床に包丁が突き刺さった。

「…………何か言ったか?」


「よーし!行水どんどーん!!!」

「や、やっぱり、朝は新鮮な気持ちで身綺麗に迎えんとなあ!!」

「もそ……」

 逃げるように井戸へ向かった三人の背中が見えなくなったのを確認し、ふんと立花は鼻を鳴らした。

「何か手伝うか?」

 食満留三郎は苦笑を浮かべながら二本の包丁を引き抜いて立花に渡す。

「いや、直に出来上がる」

「そうか」

「…………昨日、何があったのか、お前は聞いているのか?」

「いや、なんか考えこんでる感じでな、聞くに聞けなんだ」

「ふん、ならばその内、無理矢理にでも吐かせてやろうではないか」

 煮えたぎる鍋をかき混ぜながらにやりと口許を歪める立花を見やり、食満は、この男だけは敵に廻したくないと妙な寒気を覚えるのである。


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