いしゃたま!

□それだけは許せない
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「おお、三反田ちどりよ。忍者隊の者から既に話は聞いておるぞ!大義であったな」

 殿様は上機嫌に張り子の馬を揺らした。

「どれ、約束通り褒美をとらせよう。金子が良いか?」

「いりません」

「ほう?まあ、若い娘に金は野暮かの。よし、では絹を持たせようぞ」

「何もいりません」

「こりゃ!殿が褒美を下さると仰ってるのだから素直に受け取らぬか!!」

 はっぽーおじさんがぎゃんぎゃんと喚く。

「ふぅむ。おぬしは欲の無い奴じゃのぉ」

「欲ならございますよ」

「うむ?」

「知りたい、という欲です」

「……何を知りたいのじゃ?」

「木野小次郎竹高様」

 殿様の顔を真っ直ぐ見つめる。

「貴方はこの病が何か、最初から知っておられたのではありませんか?」

「…………ほぉ?」

 殿様は無表情で私を見ている。

「おぬし、何を!?」

「カステラは臣下達の夕食の後、貴方の御前で食べられています。その翌日の発症だったそうな……誰でも関連を疑うと思います」

「何を言う!?殿が移り病だと言うたのだ、皆、カステラのせいであると思う筈も……」

 墓穴を掘ったな。

「カステラが原因だと分かっていながら、移り病だと言ったのだとしたら?」

「……面白い考えをする娘じゃの」

「カステラはどこからの入手でしたか」

 すっと、殿様の扇子が私の隣にいるはっぽーおじさんを差す。

「カステラを食べたのは、おじさんと、あの三人。何故あの三人だったのか……」

 部屋の空気がすっと冷たくなった。

「忍者隊の人に聞いてみたのです。どうやらあの三人、謀反の疑いがあったそうですね」

 ふいに部屋の空気を破るような高笑いが響く、目の前の殿様はのけ反るように笑う。

「おぬし、本当にただの娘か?賢いのお、あまりに賢い」

「これはあくまで、無礼を承知の憶測ですが、」

「良い、聞かせろ」

「カステラに毒を仕込んだのは恐らく稗田殿。致死性や即効性のあるものではなく、食あたりを起こす程度のものにしたのは、謀反に確証がなかったから……優秀な臣下を失うのが惜しく、動けなくする事でその後の周りの動向を観察し確かめるつもりだった」

「…………」

「移り病といったのはあの三人と他の臣下の接触する理由を断つことで、謀反がまことであった時の他の仲間を炙り出す為」

 はっぽーおじさんが信じられないものを見るような目で私を見ている。

「今回治療が入ったのは、謀反の疑いが晴れたか、もしくは……」

「もしくは、何じゃ?」

「……あのまま置いておけば、後、五日程度、あの小屋に閉じ込めておけば確実に死んでいました。死の縁にいる者に恩赦をかければ、その者達はもう貴方を裏切ることはできませんよね」

 あの三人が自身の殿に私が連れてこられたことを知り、感じいっていた姿を思い出した。


「……だとしたら、どうしたというのじゃ」

 殿様の口元が歪んだ。
 私を見下ろす目は非常に冷たい。

「その与太話が合っていたとて、医者を名乗る小娘でしかないおぬしにいったい何の関係がある」

「ええ、私は御武家様方のお考えになることは分かりません。分かろうとも思いません。私が本当に知りたいことは、」

 そして、私の考え通りであれば、許すことはできないことは、

「何故、貴方が言うところの医者を名乗る小娘である私が治療に呼ばれたのか、ということです」

 相変わらず、部屋には冷たい空気が立ち込めている。

「謀反の疑いがあったとはいえ、あの方達は貴方の側近の臣下。奥医者や、そうでなくても通いの、正式な医者に診せるのが自然です。なのに、何故、私が呼ばれたのか」

「………」

「私が本当に医者とは名ばかりの只の小娘であったら、あの三人は助からなかったかもしれない。でも、それでも構わなかったのではないですか?」

 謀反の疑いがあった者を側に置く道理は無いと考えていたのだとしたら、



「………………死んでも、死ななくても、どちらでも良かったのですよね」




「………ああ、そうだ」


 血の気が引いていくのが分かる。
 喉が張り付くようだった。
 落ち着け、と言い聞かせながら、深呼吸をし、発した言葉は掠れて聞こえた。


「私が呼ばれたのは、あの三人の為ではない、貴方の、好奇心から、」

 心の臓が苦しい。
 それは知るべきではないと頭のどこかで警鐘がなる。
 でも聞かざるを得ない。知らざるを得ないのだ、とまた私の中で何かが叫んでいる。





「暇潰しだったのですね」



 お殿様はじっと私を見つめ、小さく呟いた。


「そうだ」





 次の瞬間、綺麗に磨かれた床が目の前に見えて、自分が家臣の人達に押さえつけられているのに気づいた。

 ああ、そうだ。私は目の前の男に掴みかかろうとしたのだ。


「こやつめ!いったい何のつもりだ!!」


 胸が圧迫されて苦しかったが、有らん限りの声を張り上げた。

「一国、一城の主が……!」

 殿様は床に伏す私を静かに見下ろしている。


「衆生の上に立つものが、人の命を戯れに扱わないで頂きたい!!」

「くそっ!暴れるな!!」

「口を慎め、殿の御前であるぞ!!」


 後ろ手に回された腕に力が込められる。
 このままいくと肩を外されそうだったが、そんなこと今はどうでも良かった。

 許せない、この男を許すわけにはいかない。


「医者を馬鹿にするなあっ!!!!」

 喉が裂けても構わなかった。
 力の限り、この男に私は伝えなくてはならない。


「私が、私達医者が扱う術は、多くの先人達が、健やかでありたいと、大切な者達の命を救いたいと切に願いながら今日まで築きあげてきたものだ!……貴方のくだらない戯れの為のものではない!!私とあの方達はっ、貴方の暇潰しの道具ではない!!」


「小娘め……言わしておけば!」

「うっ」

 髪を後ろに引っ張りあげられ、首筋に冷たいものが当たる。
 恐怖が頭をよぎった。
 それでも、目の前の男を睨み付ける。



「止めよ」


 男が口を開いた。その声に私を押さえてる手達の力が少し緩む。


「離してやれ」

「ですが、殿」

「たかが娘一人に、何人もいい年をした男がみっともないと思わぬか」

 私を押さえていた手が離れる。
 身体に力が入らない、情けないことに啖呵を切っておきながら腰が抜けたようだ。

 肩で息をしている私に、男が、殿様が、張り子の馬を脇において近づいてきた。

 周りの男達に緊張が走る。

 それを気にする風でもなく、殿様は屈んで、床に這いつくばる私と同じ目線の高さになった。

「何故じゃ?」

「……え?」

 殿様は解せないと言いたげな表情で私を見ている。

「何故、今日会ったばかりの者達の為にそこまで真剣になれるのだ?そこまで怒ることができるのだ?おぬしはただ来て、そして、治療をして帰る、それだけで良かったではないか」

「確かに、その方が楽でしたね。……ですが、」

 ぐっと殿様の顔を見る。

「それは、「私」ではありません。」

 殿様は目を少し見開き、それからまたすっと、薄めた。

「愚かな、小娘が己の矜持の為に命を棄てるのか?」

「死にたくはないです。でも、これを許してはいけないと、私自身がそう決めてしまった。それこそが私なのだから、仕方ありません」

 その時、脳裏に浮かんだのは与助兄さんのお嫁さんだった。

 あの場所に私が立つことだってできたのだ。
 そういう未来もあり得たのだった。
 でもそうじゃなかった、それは私ではないから。

 今、分かった。
 私は「選ばれなかった」だけではない。「選んで」きてもいたのだ。

 そして、そのことが今こんなにも苦しい。

 でも私だけの苦しさ。他の誰でもない私の苦しさなのだから、
 そう思ったら、こんな生き方も悪くない。

「不思議だの、死ぬかも知れんときにそんな表情ができるのか」

 殿様に言われて気づいた、


 私は、 笑っていた。

 ふっ、と殿様の顔が緩む。

「あい分かった。学園に帰るが良い」

「殿!?」

「このような無礼者をただで返すというのですか!」

 はっぽーおじさんや家臣の人達がどよめいた。

 私はきっとぽかんとした顔をしている。
 殿様はにやりと笑った。


「ここで殺すのは惜しくなった。この者が、どんな医者になるのかワシは見てみたい」







「……じゃあ、連れ帰っても良いですかな?」

ふと、抑揚の無い声が、そうその場に響いた。

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