いしゃたま!

□赤色眼鏡と顔だけ妖怪
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 目が覚めた時に最初に見たのは広い天井と豪華な彫り物がされた欄間だった。

「目が覚めたかな」

 声がする方に頭を向ける。
 次の瞬間、思わず私は叫んで飛び上がった。


「っうぎゃああっ!顔だけ妖怪!?」

「失礼な!!身体もあるわいっ!!」

 目が覚めたと思ったら目の前にいきなりでかくて濃い男の顔である。驚くわ。
 いくら度胸が取り柄のちどりさんでも心の臓が止まるわ!!

「お頭ぁ。妖怪には突っ込まないのですか」

「うむ、そうだった。こら!小娘!!わしゃ人間じゃ!!」

「は、はあ……すみません」

 お頭と呼ばれた顔でかさんの回りには赤い服に赤い色眼鏡の男達がぞろぞろいる。

「えーと……忍者?」

「おお!良く分かったな小娘!!」

 いちいち声でかいなこのおじさん。
しかし、この人達、服装は忍者なんだけれど、その色はどうなんだろう……目立ちすぎやしないか。

「ここは何処か聞いても?」

「なんじゃ、小娘の癖に度胸があるのぉ」

「小娘、小娘って、私はちゃんとした名前があるんですが」

「ああ、知ってるとも。三反田ちどりちゃん」

 いや、なんで知ってるんだ。そしてちゃん付け凄い不快。

「……貴方、誰です?」

「わしか?わしの名前は稗田八方斉じゃ!!」

「ドクタケ忍者隊首領!!」

「悪の忍者の頂点に立つ男!!」

「我らがお頭だ!恐れいったか!!」

 物凄く偉そうにふんぞり返るおじさんをやんややんやと回りの赤い男達が囃し立てる。
 とにかく色々とうるさい。

「つまり、ここはドクタケ?ってとこのお城ですか?」

「……反応薄くてつまらん小娘だのお」

 しゅんとするおじさん、えーと、はっぽーさいか。もう呼び捨てでいいや。

「私、今機嫌悪いんです。何の為に連れてこられたんですかね?」

 善法寺君、 心配してるかもな。そう思った瞬間、ついさっきのやり取りが思い出されてずきずきと胸が痛くなる。

「実は、ちどりちゃんに頼みたい事があるんだよーん」

「「「あるんだよーん!」」」

 何だその喋り方。

「不快です。帰りたいです」

「色々と正直だのおぬしは……。しかし、そういうわけにはいかぬ」

「何故、私を知ってるんですか?」

 鳩尾を殴られたらしい、身体を動かすと鈍く痛い。
 そして、こいつらはお茶らけているようでいて、私の動きはしっかりと観察しているようだ、さりげなく背後に赤服達が回る。
 下手な動きをしたら恐らくすぐに取り押さえられるだろう。嫌な汗が背中を伝う。

「我々ドクタケ城と、ちどりちゃんのいる忍術学園は敵対関係にあるのだよ。敵の情報を掴んでいるのは忍者隊として当然ではないか」

「はあ……。で、用件は何ですか?」

「おや、逃げないのかね?」

「できればそうしたいんですが、私は一般人、貴方がたは忍者。加えてここの地理、位置情報が分からないまま闇雲に逃げようとするのは愚かしい行為でしょうね」

「くのいち並みの度胸じゃの」

 はっぽーさいのおじさんはにやにやと楽しそうに笑う。

「では、我が殿に会って戴こう。」






「……して、タソガレドキの雑渡殿が言うには、ちどり君がドクタケ忍者に拐われた、と?」

 忍術学園の敷地にある小さな庵。
 そこに鎮座する学園長、大川平次渦正はその眉間に深い皺を寄せた。

「「「はい!」」」

 老翁の問いに三人の少年は緊迫した声で答える。

「ふむ。……善法寺伊作は?」

「善法寺先輩は雑渡さんと共にドクタケ城へ向かいました」

 伊賀崎孫兵が答えた。
 悔しげに拳を握りしめ膝に置いている。

「僕達も共に行きたかったのですが、先ずは学園長先生にご報告をすべきだと善法寺先輩から指示を受け、こうして戻った次第です」

 背筋をぴっと伸ばし、浦風藤内が訴える。

「三反田数馬がおらぬようじゃが、」

 学園長の鋭い眼差しに藤内は少し気圧されつつ、答えた。

「数馬は、ついて行くといって聞かず、雑渡さんも了承されたので……」

 はああ、と深い嘆息が学園長の脇に座る中年寄りの男から漏れる。

「お前達に言っても仕方がないが、少々軽率だ」

「山田先生……?」

 不安そうな表情を浮かべる少年達に忍術学園実技教師、山田伝蔵は諭すように語りかける。

「まず、こちらが知り得る事実はちどり君が持っていたらしい荷物が不自然な場所に落ちていた、というだけだ。これだけでドクタケ忍者に拐われたという確証はできん」

「……うっ!」

「で、ですが、雑渡さんが……」

「タソガレドキは我々の敵ではないが味方というわけでもない。雑渡殿が仰ることが事実かどうかの保証はない。むしろ、何故見ていたかというのを考えれば不自然だ。なんらかの罠という可能性もある」

「そんな……!」

 三人は憔悴しきったように顔を見合わせた。

「……あの、僕、見たんです」

 神埼左門がおずおずと話し出す。

「何処かの忍者が、町人の姿で何かを探しているのを」

「ドクタケ忍者ではないのじゃな?」

「はい。あれは、タソガレドキの忍者だったのでしょうか?ちどりお姉さんは、タソガレドキに……」

「あれは、我々の組頭を狙っていた者達です」

「「「!! 」」」

 不意に天井から降ってきた忍び装束の影に三人の少年は身体を固くする。
 対象的に学園長と山田伝蔵は静かにその主を見た。

 まさか、気づいていたのか。最初から?
 孫兵は信じられない思いで二人の教師とその前に膝を着く男を見つめる。

「やれやれ。いつ降りてくるのかと思っていましたぞ」

「おぬしは、雑渡殿の、」

「はい、側仕えの高坂陣内左衛門です。今回、そちらの校医殿の誘拐の件とタソガレドキは全くの無関係です」

「では、確かにドクタケの仕業なのじゃな」

「はい。町にいた忍びは我々の組頭御自らが出向いた任務を妨害せんが為、動いていた者達です」

「ふむ」

「誠に勝手ながら、ドクタケがそちらの校医殿を拐うという妙な動きをしたお陰で、そやつらの注意を反らし任務完了とあいなりました次第です」

「だから、ドクタケの所業を見逃した、と?」

「そう捉えて頂いて構いません」

 高坂は鋭い眼光を飛ばす二人の教師に頭をぐっと下げた。

「貴方がたの大切な校医殿を巻き込んでしまい、誠に申し訳ない。これが我々タソガレドキ忍者隊の総意です」

「そんな!」

「ちどりお姉さんはおとりだったってことですか!?」

「あんまりです!ちどりお姉さんはくのいちでも何でもない!普通の女の人なんですよ!?」

 孫兵、藤内、左門が、高坂に詰め寄ろうとしたが、それを学園長は手を上げて制した。

「落ち着かんか、お前達。……話は分かった。だからこそ雑渡殿は善法寺と三反田を連れてドクタケへ向かったのじゃな?」

「はい、組頭御自ら、校医殿を救出致すと」

「ふむ。こちらからの増援はいるかの?」

「必要ないと伝えよ、と仰せつかっております」

「うーむ……」

 学園長は思案に耽るように目を閉じていた。
 そして暫くの後うっすらと片目を開け、高坂を見つめる。

「必ずや、三反田ちどりのみならず、生徒二人も無事に此処へ帰らせる、と、誓えるか?」

「無論です」

 学園長は深く嘆息した。

「分かった。今回の件はそちらにお任せしよう」

「学園長先生!?」

 三人の少年が信じられない思いで叫び声を上げた。

「どの道、学園は田植え休みで人手が足りんしのぉ」

 ずずっと茶をすする学園長に我慢がならないといった風情で左門が立ち上がる。

「何を呑気な……っなら、我々が行きます!!」

「駄目じゃ」

 左門の勢いを削ぐかのようにぴしゃりと言葉が放たれた。

「よいか。今後、この件に関しては、おぬしらは他言無用じゃ、加えて指示のない限り学園生徒の一切の関与を禁ずる」

「ですが!!」

「学園長命令じゃ!!もう下がれ!!」

 学園長の一括に三人は息を飲んだ。

「山田先生、悪いが、三年長屋まで彼らを送っていってくれ」

「はい。さあ、行くぞ。お前たち」

「……はい」

 到底納得いかない、そんな表情の三人を連れて山田伝蔵は庵を後にした。

 そして、学園長と高坂のみが、部屋に残される。

「では、私もこれで」

 高坂が腰を上げる。

「ふむ、一つ、いや二つ聞いていいかの?」

「はい」

 高坂は自分の祖父以上に歳の離れた、老いた忍者を見下ろす。
 ふと浮かぶ警戒心を悟られない様に目を細める。
 彼の目の前の老人は気づいているのかいないのか、茶を一口すすった。

「タソガレドキ忍者隊忍び組頭自らが出向かねばならぬ任務とはどんな任務なんじゃろうかの?」

「……忍びに任務の内容を訪ねるのは無礼かと」

「おぉ、確かに。生徒達にもいつもその様に伝えているのに、こりゃあ野暮じゃったのぉ」

 からからと笑う老人をじっと若い忍びは見下ろした、いや、睨み付けているともいえる。
 本来彼は自らの組頭、雑渡昆奈門の忠実な部下であり、それ以外のものにはあまり敬意を持ち合わせてない様な極端な男である。
 ましてや、組頭にとって邪魔になるような存在であるならば誰であろうが、容赦なく切り捨てる所存である。ただ、殺せと命が出ていないから、その忠実さ故に手を出さないだけのことなのだ。

「もう一つのご質問は?」

 そんな彼の殺気さえ篭っているような眼差しを受けながらも、まだまだ青いのおと言いたげに、忍びの学舎の長は彼を見上げ、微笑む。
 彼にとって、組頭が何よりも大事であるように、この老翁もまた、学舎に集う者達が大切なのだ、それを守る為なら何一つ恐れるものはない男である。

「おぬしらの任務と、三反田ちどりは、本当に、一切の関係はないのじゃな?」

 鋭い眼差しである。
 経験豊富でともすればこの老人よりも力は強いであろう若い忍びは少したじろいだ、が、それを悟られぬ様に視線を外す。

「存じ上げません。私はただ、組頭が伝えよと仰ったことをお伝えしに来ただけですので」

 学園長は目の前の若い忍びを暫く見つめていた。
 まるでそうすることで彼の胸の内を明かすことができるかの様に、それほど鋭い視線だった。しかし、やがてふっと力を抜き、いつもの調子で微笑む。

「ふむ。そうかの。まあ、年寄りのぼやきじゃ、忘れとくれ」

 高坂は一瞬。安堵した様な表情を見せたが、またふっと表情を閉ざし、そうして再び天井裏へと飛びさった。

 気配が完全に遠ざかるのを確認してから学園長は本日何度目かの大きな溜め息を着いた。

「……ふむ」

 そして、目を閉じて、深く考えに耽り出すのであった。


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