いしゃたま!

□ここで逢うとは
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「良かった。雨、止んだみたい」

 団子を食べ終わる頃には外が明るくなっていた。

「そうですね。じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「あ、ちょっと待ってください、善法寺君」

 店の人に声をかけお菓子を五つ包んでもらった。

「お土産ですか?」

「ええ。鉢屋君に」

「鉢屋に……?」

 怪訝な顔をする善法寺君。
 そりゃそうだろう。普段の鉢屋君の私に対する言動は失礼極まりないから。
 でも今回に限っては特別である。

「ちょっといろいろお世話になりましたから、ね」

「そうなんですか……」

 まだ不思議そうな顔をしている。
 詳しく話すのは億劫なので、追及されないと良いのだけれど。


「さあ、帰りましょうか。」

 包んでもらったお菓子を手に、振り返った時、だった。


「……あれ?ちどりちゃん?」


 ざあっと、血の気が引く音がする気がした。
 冗談抜きに、倒れる、と思った。

 でも、実際は倒れることなく、その懐かしいとも言える声、私の大好きな響きのある声の方に目を向ける。

 何故、あの人が、此処にいる。

 大丈夫、もう吹っ切れたんだろうと言い聞かせても、心臓が早鐘の様に打つのを止めることができない。

「与助、兄さん…。」

「ああ、やっぱりちどりちゃんだ。久しぶりだね」

 私の大好きだった人が、あの優しい笑顔で立っている。その横の女性は、私と与助兄さんの顔を見比べて、

「あなた、どなた?」

「ああ、前に話したろう。僕の幼なじみの」

「あら、貴女が。まぁまぁ、主人がお世話になりました」

 ふんわりと優しく微笑む彼女のその手元に目が引き寄せられる。
 彼女が撫でる、その膨らみのある腹に。

「やだ。すっごい久しぶりじゃないの!どうしてここに?」

 はしゃいだ声は不自然ではないだろうか。笑顔は歪んでないだろうか。

「これのお産の御守りを貰いに、評判の地蔵院がこの近くにあるんだ」

 にこにこと笑いあう二人を見て、胸がずきずきと痛みだす。

「俺みたいに身体のことで苦労することのないように」

「でも、貴方みたいな優しい子が産まれてくれたら嬉しいわ」

 愛しそうに腹を撫でる彼女を見つめる彼の目はあまりにも優しい。

「ところで、そちらの方は?」

 彼らの目が善法寺君に向けられる。

「あ、えっと……僕は、」

「勤め先の知り合い。今日は仕事の買い付けをしていたのよ」

 善法寺君を遮る様に言葉が出た。

「勤め先?」

「そう、そこで医者の修行をしているの」

「まあ……」

 彼女が目を丸くした。

「凄いのねえ。年頃の娘さんなのに」

 悪意のない微笑みだった。
 それだけに、痛く刺さる。

「何だ。僕はてっきり、とうとうちどりちゃんにも好い人ができたかと思った」

「違うよ」

 今の言葉は冷たく響いたかもしれない。
 どうにか笑ってみせる。

「じゃあ、僕達は店の者を待たしてるから。また今度ゆっくり話そう。いつでも遊びに来てくれ」

「お待ちしていますね」

 二人はそのまま寄り添って雑踏の中へ消えていった。

 私の顔には嘘臭い微笑みが張り付いたままだった。


「あの、ちどりさん…、」

「ごめん。善法寺君。私、先に帰ります」

「え、あの!」

「ごめんね」

「ちどりさんっ」

「ごめんなさい」

 善法寺君の手を振り切って駆け出した、今の私には彼の顔を見ることができない。

 吹っ切れたつもりだったのに、何で会ってしまったんだろう。


 見られた。

 与助兄さんに、でも、見られたって、私が男の人と一緒にいたって、彼にとってはなんてことないことなんだ。
 分かってる、分かっていた。それなのに。

 見られた。

 善法寺君に、あんな格好悪い姿を。
 恐らく彼は気づいた。
 私のあの人に対するねちっこい恋情を、どう感じたのだろうか、傷つけたか。

 いや、そんなこと考えるのもおこがましい。

 私は、最低だ。



 路地の角を曲がった瞬間に誰かにぶつかった。

 と思った瞬間に鈍い痛みと共に視界が暗転する。

 状況を理解できないまま薄れていく意識の中で、与助兄さんとその奥さんの幸せそうな笑顔が浮かんで、消えた。


 そして、何もかも分からなくなった。





 数馬は、善法寺伊作を見つけた瞬間、安堵で胸を撫で下ろしたが、その次の瞬間にそれは違和感に変わった。

 その隣にいるべき人がいない。

「伊作先輩っ。」

 尾行をしていたのを忘れ、いや、既に気づかれていたのであれば尾行とは言えないだろうが、とにかく、数馬は善法寺に声をかけた。
 善法寺は何処か慌てた様子で、それがさらに彼の不安を掻き立てる。

「ああ、やっぱり数馬、着けてたんだね」

「善法寺先輩。ちどりお姉さんは何処ですか!?」

 左門が腰の縄を引っ張られながらも善法寺に詰め寄る。

「それが、急に帰るって、駆け出してしまって」

「何やってるんですか!ていうか何やったんですか!?」

 左門の腰縄を制御しながら孫兵も捲し立てた。

「いや、何もしてない。団子屋を出て、知り合いらしい夫婦に会ってから様子がおかしくなって」

「夫婦って、まさか……!?その人なんて名前でした?」

「たしか、よすけって…?」

「与助兄さん!?何でこんなところに!?」

 数馬は驚愕と苛立ちが混じった声をあげた。

「とにかく、早く探しましょう!」

 藤内の声には不安の色が見られた。

「さっき左門が町に何処かの忍者が数人いるのを見てるんです。嫌な予感がします」

「何だって……!?」

 善法寺の表情が曇る。

「神埼!何処の忍者かは?」

「分かりません。ただ町人の振りをして何かを探している様子でした」

「僕と左門と藤内はあっちを探そう。数馬は善法寺先輩と一緒に」

「分かった。行きましょう、伊作先輩」

「ああ」

 それぞれが駆け出す。

 善法寺は早く探さなくてはという焦りとともに、拭いきれない疑惑を数馬に、彼女の弟にぶつけた。


「数馬、今聞くことではないかもしれないけれど、あのよすけさんって人は……」

 数馬はちらりと善法寺を見上げ、仕方なく答える。

「はい。ちどり姉さんの初恋の人です。そして、今でも多分……」

「そうか。」

 数馬が見つめる善法寺の顔は表情がよめない。

「早く探さないとね」

「はい」

 雑踏を掻き分けながら、藤内の嫌な予感が杞憂であるようにと、数馬は祈った。




「ん?ちょっと!孫兵、左門、止まって!!」

「どうした藤内!」

「ぐえっ!!」

 急に動きを制御され、腰縄が食い込む感覚に左門が呻いた。

「孫兵ってたまに作兵衛より力強いんだよなぁ……」

「ごめんごめん。で、藤内、何か見つけたの?」

「うん。これって……」

 少し路地裏に入り込んだ所に包みがひとつ落ちている。

「え?何これ?」

「何だってこんなところに落ちてるんだ」

「菓子じゃないか」

 藤内が拾い上げ懐紙を拡げると、そこには少しひしゃげた菓子が五つ並んでいた。

「さっき、善法寺先輩が茶屋を出てからちどりお姉さんの様子がおかしくなったって……」

「あ……!?」

「じゃあ、これ、まさか……!?」

 三人が顔を見合わせた瞬間、ふっと孫兵は背後に気配を感じ、振り替える。

 そこにいた人物に目を丸くした。

「え……!? 」

「貴方が何故ここに!?」

 左門も藤内も、警戒と驚愕がない交ぜになった表情をしている。




「やあ、忍たま諸君。お困りのようだね」



 その人物は、飄々とした口調で目を細めた。
 その隠されていない右目を。


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