いしゃたま!
□ここで逢うとは
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「ちどりさん、すみません……」
「う、うん……」
なんか覚えがあるな、この流れ。
今日は約束通り、善法寺君と町に出かけています。
保健室で必要な薬品を買ってから少し町をぶらついていた時に突然の豪雨が、朝からカンカン照りだった筈なのに……。
とりあえず急いで何処かに雨宿りをしようと走り出した時にぬかるみに足を滑らせて転けました。
私ではなく善法寺君が、忍者のたまごなのに……。
善法寺君の言う不運は本人の不注意とかも結構ある気がするよなぁ……。
なんとか近くの茶屋に飛び込んだけど、泥だらけの善法寺君を見て店の人がぎょっとした顔をしている。
「ほら、兄さん使いな」
「あ、ありがとうございます」
お店の人が出してくれた布巾を申し訳なさそうに受けとる。
「凄いね、背中にまで泥跳ねてる」
「え?っああ!それは駄目ですよちどりさん!」
善法寺君の背中を拭こうとしたら止められた。
私が手にしているのは、先ほど小間物屋で善法寺君が買ってくれた手拭いだった。
彼が言うには初めて会った時に、私が彼を治療するために一つを駄目にしたから、らしい。良くそんなこと覚えているものだ。
「洗えばいいですから」
「ですが、」
制止を無視して背中にとんだ泥を拭いてやる。
「自分だと手が届かないでしょう?あ、でも贈り物の扱いとしては不当でしたか」
「いえ、そんな……すみません」
「天気は仕方ない。荷物は無事ですか?」
「はい。なんとか」
「なら、上出来です。雨宿りついでに何か食べましょう」
「ご馳走します」
「良いって別に」
仮にも学生に払ってもらう訳にはいかない。
「いえ、させてください。僕がしたいので」
にこっと笑うと善法寺君は勝手に店の奥へ注文しに行ってしまった。
まずいな……。
あくまでもこれは買い出しであり、自分の答えが出てない内はあまり彼の好意を受け取りすぎないでおこうと思っていたのだが、これでは端から見ても逢い引きの様だ。
手拭いを泥で汚れたところが内になるようにたたんで袂に入れる。
これを汚したのも意図的なところがある。ただの手拭いなのに、あまりに真剣な雰囲気で買って渡すものだから少々驚いたのだった。
男の人って皆こんなものなんだろうか。
今までは与助兄さんへの片恋と、縁談の破談ばかりだったから正直良く分からない。
……嫌われようと思うなら、今までの破談にしてきた相手に接するような態度でいけばいいのだ。
でも私は彼に嫌われたい訳ではない。かといってじゃあどうしたいのかと問われても、
「ちどりさん?」
「ん?あ、ごめんない」
考えに耽りすぎて、善法寺君が隣に座ったのに気づかなかった。
私と彼の間にはお団子が乗った皿とお茶。
「本当に払わなくていいの?」
「はい。どうぞ」
「うん、ありがとう」
一串取って、口に頬張る。
「……うん。美味しい」
なんだかんだいって甘いものは好きなのだ。
思わず顔が綻ぶ。
「良かった」
善法寺君がそんな私を見て微笑む。
嬉しそうな優しい表情にどきりとした。少し、ほんの少しだけだけれども。
「あの子達も濡れてないと良いんですが」
「あの子達?」
「こちらの話です」
通り雨だったみたいで、通りはもうかなり小雨になっている。
町にかかる橋沿いの樹下で、四人の少年が佇んでいた。
「なんだったんだ。さっきの天気は……」
伊賀崎孫兵が呆然とした表情で空を見上げている。
「この一帯にしか降っていなかったみたいだぞ」
彼の手にしている縄に繋がれた神埼左門も同様に狼狽した様子である。
「さ、さすが、不運大魔王…。こんなの予習してないよ。」
浦風藤内は雨に濡れた前髪を拭きながら呟く。
「だいぶ小降りになったけど、先輩達を見失っちゃったね。どうする数馬?」
孫兵に声をかけられた三反田数馬は小さく溜め息をついた。
「うーん。とりあえず、完璧に止むまでは向こうも動かないと思うから暫くここで雨宿りしよう」
「了解」
「しかし、数馬。僕達どうやら気づかれてるぞ」
「「え!?」」
左門の発言に孫兵と藤内は目を丸くする。
「時々意味なく歩調を弱めたり、草履を直す為に立ち止まる、多分振りだと思う。後、さっき転げた先輩が起き上がるときに肩越しにこちらを見たぞ、完全にばれてるな。転げたのもわざとなんじゃないか?」
「そんな……いや、さすが、六年生というべきか」
「ど、どうする数馬?出直そうか?」
おろおろとした藤内に対し、数馬にはあまり動揺は見られなかった。
「いや、別にばれるのは構わないよ」
「数馬?」
「孫兵の言う通り、相手は六年生。尾行がばれるのは想定内だよ。姉さんにさえばれなければ別に構わないんだ」
「……なるほど、牽制ってやつ?」
孫兵は合点がいった表情で頷く。他の二人は良く分からないといった感じに首を傾げた。
「僕らが見ていると分かったら伊作先輩も余程のことはできないでしょう?あくまでこの尾行は脅しみたいなものだよ。例え気づかれても、姉さんとのお出かけを中止してまで僕らを止めないだろうし、こちらの意図にも気づくと思う。もし僕らを敢えて止めるような場合だったら、見られたら困るような下心があると見なして姉さんを連れ戻したら良いんだよ」
「ああ!成る程!」
「凄いな!忍者みたいだぞ数馬」
「左門、僕ら忍者のたまごだって」
孫兵はしかし、ふと気づいたように声をあげる。
「でも、今のこの僕らが見ていない状況で何かあったら?」
「……あ」
三反田の顔からさっと血の気が引く。
示しあわせたかの様に雲間から光が覗きだした。
「雨が止んだ!急いで探そう!!」
「ちょっ数馬!そんなに急いだら転けるよ!?」
「大丈夫っっどわっ!!」
「数馬ぁああ!!」
藤内の制止も聞かず走りだした数馬は顔から水溜まりに飛び込む羽目になった。
「さすが、不運委員」
呆れた顔で苦笑する孫兵は、ふと自分の袖を引っ張る少し硬い表情に目を止める。
「どうした。左門」
「善法寺先輩も気になるが」
左門は、ふっと目だけを背後に向ける。
「何処かの忍者がいる、かもしれない」
「……え」
「僕らをつけてきてるわけじゃないと思う。でもさっきから足音のない不自然な人間と数人擦れ違った。向こうも何かを探しているみたいだ」
「……そうか、数馬、藤内。聞いたか?」
「ああ」
「どちらにしても早く探そう。最悪の場合、今この町は安全とはいえないかもしれない」
四人の少年は緊張した表情で足早に橋を渡りだした。
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