いしゃたま!

□彼と彼女に纏わる懸念事項
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 どうも、ちどりです。
 土井先生との一件が落ち着いてからは、比較的穏やかな日々を過ごしています。

 とはいえ、気になることがないと言えば嘘になる訳で。


 まず一つ。

 保健室の常連、食満君はしょっちゅう潮江君との喧嘩の後に薬を貰いに来るのですが、どういう訳だか潮江君は来ない。
 どうやら、私がいる時間を避けて来てるらしい……やっぱりまだ怒ってるのだろうか。にしてもあからさまに避けられるのはちょっと心傷つきますよっていう件。


 そして、今のところ一番の懸念事項は私の目と鼻の先で薬研(やげん)を引いてる彼についてだ。

 鉢屋君の見解ではどうか分からんとの事だし、勘違いなら失礼極まりない上に赤っ恥なので、あまり気にしないようにしているのだが。

 ばちっと目が合う。

「ちどりさん、ど、どうしましたか?」

「なんでもないです」

「そ、そうですか」

 再び薬研に目を落とす彼、善法寺君の耳が赤く上気している。

 何故、どもる。
 何故、赤くなる。

 気にするな、と言い聞かせながら、私は机上の治療記録に取りかかる。

 すると、視線が刺さる。

 彼が時折こちらをちらちらと見てくるのを感じる。

 耐えきれなくて顔をあげると視線がぶつかり、彼はまた慌てて視線を落とす。

 ……素人の私に見てるのがばれるって忍者の卵としてどうなのだろうか。
 そして、何故見てくる。

 ふーっと口から溜め息が漏れた。

「お疲れ、の様ですね」

「ん、まあ……」

 君を含む悩みの種がありますからねえ。
 とん、とすぐ後ろの壁にもたれ掛かり、少し仰け反るようにして背後の窓を見上げる。
 空は初夏らしい澄んだ青空だ。

「あの、次の田植え休み、ちどりさんは何か予定はありますか?」

「ん?んー……」


 別に、善法寺君の事が嫌いなわけではない。人としては好きだ。
 彼は見目も良く優しいし、誠実で良いところが沢山ある。女の子に好かれそうな人だと思う。
 しかし、だからといっていきなり、そういった対象で見れるかと言えば、良く分からない。
 そもそも、私は与助兄さんが初恋でそれ以降は誰かに恋したことはないままなのだ。
 それも実らないままに終わってしまったから、私は男女の恋愛がどうあるべきなのかも良く分からないまま、こんな歳になってしまった。
 ていうか、そもそも、いったいぜんたい、どんなきっかけで私なんかを…ねぇ。
 化粧っけもなけりゃ体つきは子供のまんま貧相なもんだし、くのいち教室の子達のがよっぽど可愛いと思うのですが……んー、悲しくなるので自虐はやめよう。
 やっぱり私の考え過ぎだったり勘違いかもしれないんだよなぁ…。彼は純真で女性慣れしてないところがあるみたいだし……勘違いなら、その方が気は楽かもなぁ。

「……構いませんか?」

「え?あぁ、うん。いいよ」

 考え事に没頭していて、良く分からないままに答えてしまった。

「良いんですか!?」

 善法寺君の顔がぱあっと明るくなった。

「良かった!では、今度の休みの初日、くのいち長屋の入り口付近までお迎えにあがりますから!あ、僕は午後から六年生の皆で鍛練なんで、左近、乱太郎。後はよろしくね」


 満面の笑みが私に向けられる。

「楽しみにしていますね!」

「は、はい……?」

 意気揚々といった感じで善法寺君は保健室を後にした。

「……乱ちゃん、左近君。私はいったい何を約束しちゃったのかな?」

「え?今度の休みに町へ委員会の買い物にって…伊作先輩、ちどりさんに町を案内しますって仰いましたよ?」

「えっ!……そ、そうなのか」

「どんだけぼーっとしてたんですか」

 左近君が呆れ返った表情で私を見ている。





「留三郎、伊作はどうしたというのだ。いつも結構へらへらとしているが、今日は殊更に酷いぞ」

「うむ……」

 六年い組、立花仙蔵の剣呑な目付きの先にいる善法寺伊作は、確かに端から見ていてもそわそわしているというか、落ち着きのないように見えた。

 相手方に仕掛ける鳥の子の準備をしている彼は小さく鼻歌などを歌っている始末である。
 何とかしろ。と、ぎろりと一瞥(いちべつ)、目で訴える立花に対し、食満留三郎は溜め息をついて、同室の友に声をかける。

「おい、伊作。鍛練中だ。鼻歌はやめろ」

「えっ?あっごめん!」

 どうやら無意識だったらしい、ばっと口許に手をやり、申し訳なさそうに眉を下げた。

「まったく、今日はあちらに体力の化け物ばかり揃ってしまったのだ。持久戦に持ち込まず、一気にかたを着けたいと言っておるのに……何をへらへらしている」

「うん、ごめんよ。仙蔵」

 立花は善法寺をじろりと睨むが、次の瞬間にその目に悪戯めいた色が浮かび、にやりと笑う。


「……まあ、どうせ、三反田ちどりさん絡みだろうが、時と場合を考えるべきではあるな」

「うぇっ!?」

 動揺し、顔を赤く染める善法寺と大きく溜め息をつく食満と立花。

「な、なんでそれを…?」

「いや、伊作、分かりやす過ぎるしな」

「うっ……」

「先日、土井先生とちどりさんとの仲が吹聴された時のお前の落ち込み様は異常だったからな。噂を真に受けて嫉妬でもしたのか」

「うぅ、うん……そうかもしれない。」

 善法寺は困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうにも見えた。

「最初は、少しだけ力になれたら良いなって思っていたんだ。彼女の将来が良いものであれば良いって、それだけの気持ちだった。だけど、その彼女の将来に、横に立つ人が僕以外だったとしたら……そんなことあって当たり前のことなんだけど、嫌だって思ったんだ……土井先生には申し訳ないし、自分でもよくわからないけど、」

「取られたくない、と」

 しっかりと頷く善法寺に、立花は肩を竦め、食満は苦笑いを漏らした。

「なんというか、伊作。お前は素直すぎるな。こっちが照れてくる」

「まあ、私はどこかの石頭と違って、分別さえ無くさなければ忍の三禁など声高に言わぬ。寧ろ、今まで色恋に疎いお前にそういった事柄が出てきたことは喜ばしいと言えるかもしれんが……」

 近づいてきた微かな気配に、三人の身体は瞬時に、そして殆ど無意識の内に臨戦態勢を取る。

「……気を付けるのだな、伊作。障害とは思わぬところに思わぬ形で隠れているものだ」

 気配の方角に向けて鳥の子が放たれた、同時に反対方向から飛び出してきた影と食満が刃を交える。

 善法寺も鳥の子を放った相手に追い討ちの攻撃を仕掛けに走り出した為に、立花の呟きはただ、夜の森に響いただけであった。


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