いしゃたま!
□面倒くさい女
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鉢屋君がえへんと咳払いする。
「ん、んー?あー、あー……」
「……ん?」
声を確かめるように喉元を押さえながら発声する鉢屋君。
そして、その声は驚いたことに徐々に私の声色にづいてきた。
「うわっ。凄い」
素直に感心する。
だけどその瞬間、私は、凍りついた。
「……ほら。私は、やりたいことがいっぱいあるし、特定の誰かと恋仲になるつもりはまだあんまりないの。まあ、あなた達の気持ちはありがたいから、ちょっとこれからの動きを様子見してみます」
「は?」
それは昨日の私がくのいち教室の女の子達にした「大人の女対応余裕ありげな微笑みつき」じゃあないか。
「まさか、見てたの!?」
「目に入ったんだよ。たまたま」
鉢屋君は面白そうに笑っている。
「馬鹿だなあ、ちどりは。はっきり、迷惑だから止めろって言えば済む話じゃあないか」
「………あ、あの子達は好意でしてくれたから、その気持ちは、まあ、嬉しいし」
「嘘だね」
きっぱりと否定する鉢屋君。
「角が立たない様に、嫌われない様に、「賢くて優しいちどりさん」でいたいからだろ」
確信を得たような口振りだ。そして非常に的を射ていることが腹立たしい。
「だったら、なんだっていうの」
「別に、どうでもいいけど馬鹿だなあって思うだけ。それにしても土井先生ねぇ。あんた、本当に好みなわけ?」
「……強いていうなら、ね。それを誤解されたんです」
「ふーん」
鉢屋君はじっと私の顔を見ている。
彼の目が苦手だ。何もかも見透かすような、この目付きが。
「初恋の相手に似ている、とか?」
びくりと肩が震えた。鉢屋君の顔をばっと見ている。
「なんで……どこまで知っているの!?」
「いや、知らないよ。鎌をかけただけだよ。ちどりは本当に分かりやすいな」
にやっと笑う彼の頬を張り倒したい衝動に襲われた。
「……鉢屋君には関係ないでしょう」
「だったら動揺するんじゃねえよ」
鉢屋君を睨み付けるが、彼は臆すことのない無表情だ。
「私に怒るのはお門違いってもんだ。結局、あんたの個人的な問題であんた自身が困っているんだからな」
「そんなの、分かっています」
言い返せば返すほどに無様になりそうだ。
それでも口が開く、胸が苦しい。
「……この際だから言っておく、あんたは「女だから」と言われるのに嫌悪するようだけど、そういうところはしっかり「女」だよ」
「どういう意味」
「ほらほら、そうやって 、また怒る……「女だからって馬鹿にするな」って周りに楯突く姿勢がそもそも物凄く「女」っぽいことにあんた気づいている?」
「な……に、よ」
聞きたくない。そう思うのに鉢屋君から目を離せない。
「しかも、相当、面倒くさい女だよあんた。昔何があったか知らないけど、初恋の相手とはどうせうまくいかなかったんじゃあないのか」
何も言い返せない。
怒りか、羞恥か、顔に熱がこもる。
「お?泣く?泣いちゃう?」
「……出てってください」
鍋の中の薬を意味もなくかき混ぜる。
薬は冷めきっている。
「そうやって、人を分析して楽しい?鉢屋君の言っている事は間違っていないけど、今の私には不快でしかない」
「だから、怒るなって。私は、あんたを助けに来たんだから」
「は?」
「困っているんだろう?この、天才、鉢屋三郎が助けてやる」
「……自分で、自分を天才とか言っちゃうような人には助けられたくないな」
「そんな冷たいこと言われちゃ鉢屋君泣いちゃうっ」
わざとらしく鉢屋君が顔を覆った。そして再び顔を上げると、
「うぇっ!?」
土井先生の顔だった。
「ほら、天才だろ」
鉢屋君が言う誤解を解くための方法、名付けて「噂には噂作戦」は簡単に言うと、以下のようなものだった。
まず、土井先生に変装した鉢屋君を私が袖にする。
その際、その姿を誰かに見られるようにしておく。
「三反田ちどりさんが土井先生を袖にして破談になった」と新たに噂を流す。
「でも、それって土井先生が非常に不名誉なことにならない?」
「二十五歳にもなってやっと言い寄ってくれそうな女をふった男って言われるよりましだろう」
「お、おう……」
散々な言われようだな土井先生。
「とにかく穏便に角が立たないような雰囲気でお互いお友達でいようね的な感じに持っていきゃあ良い。そういうの得意だろ、あんた」
「う、うーん。でも本物の土井先生に対してはどうするんです?」
「今の噂が収まってから、改めて誤解だったと伝えれば良いんじゃないか。どのみち今の状況だとまともに話せそうにないしな」
「はあ……成る程。」
「で、どうするちどり?」
さっきまでの追い詰めるような雰囲気から一転して、鉢屋君はとても協力的な態度だ。
しかもあまりに自信満々だからだんだん上手くいくんじゃないかって気がしてきた。
どうしようか。でも、私がいくら頭をひねってもそれ以上の良い方法は思い付かないし、
「……お願いします。鉢屋君」
「感謝しろよ。ちどり」
「ありがとう。でも、なんで協力してくれるの?」
今までの鉢屋君の態度からしてからかうことはあれど助けようとしてくれるのは少し予想外だった。
というか、正直、何か裏がありそうで怖いです。
「あんたの為じゃない。雷蔵が落ち込んでいるからだ」
「え?不破君?確かに落ち込んでいたけど、それが一体何の関係が?善法寺君も変な態度だったけど」
「ふぅん。善法寺先輩がねぇ…。にしても、頭の回転が悪いぞちどり」
そういう君は上から目線がすぎるんでない?だから、くのいち教室の子達に呼び捨てにされんだよ。この鉢屋三郎め。
心中で悪態をつきながらも私は思考を巡らせる。
不破君以外に、態度がおかしくなったのは善法寺君と、後、数馬だ。
数馬のは分かる。私と土井先生への嫉妬だ。
嫉妬…………え?不破君、善法寺君が?だとしたら、何故、私に嫉妬を……
「……え?」
「やっと分かったか間抜け。」
「嘘。そういうことなの?」
「まあ、私から言わしたら雷蔵のは、ふいに現れた歳上の女に対する憧れが大きいと思うがな。善法寺先輩がどう思っているかまでは知らないよ」
「は、はあ」
突然、気付いてしまったその事は私の頭をぐるぐるとさせた。
不破君、善法寺君が、私を…?
「とにかく、今は作戦決行だ」
「う、うん」
土井先生の姿をした鉢屋君に促されて保健室を出た。
うん、土井先生の顔でそのニタリ笑いはやめてほしいな。
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